(その八)奇跡の出来事

明治5年12月2日。
京都、西大路大将軍通りで、馬車が忽然と消滅するという事件が起きた。
馬車の中には2人の客がいた。
御者合わせて3人の人間が、馬ともども消滅してしまったのである。
二人の客は、伏見で馬車に乗り、あと少しで最終目的地である妙心寺総本山に着く直前での出来事だった。
当時は訳のわからない神隠しのような事件として片付けられたが、それから42年経った大正5年12月3日に、二人は生還した。
この事件を知った、当時の京都大学物理学教授であった陣内孝雄は、奇跡の生還をした二人に面談し、二人の奇跡の生還劇の研究をしたいと申し入れしたのである。
京都大学には、西田幾多郎という哲学者が名を馳せていたが、陣内孝雄とは刎頚の友とお互いに認め合っていた仲だ。
物理学的形而下学的見地のみならず、哲学的形而上学的見地からも、この奇跡の生還劇を研究したいと願った二人の学者の熱意が功を奏した。
奇跡の生還をした二人はまだ23歳の青年男女であったが、明治5年12月2日の時のままの年齢だったからである。
普通の人生を送っていたなら、65歳の老人になっていたはずだ。
「失礼ですが、お二人の関係はご夫婦ですか?」
陣内が若い二人に遠慮がちに問いかけた。
西田幾多郎と同じ明治3年生まれだから、すでに、45歳になっていた陣内孝雄は、内心忸怩たる想いだったと後年語った。
自分よりも20歳も年上の二人が、まだピチピチした二十歳代の青年男女のままでいられることの軌跡を羨んだのである。
「いえ、まだ結婚していません」
男の方が答えた。
「だけど、結婚する直前の出来事だったんです」
女の方がつけたした。
男の方が女を睨みつけると、女は男の視線から目を逸らした。
「要するに、夫婦同然だということですね?」
「いえ、そうとは限りません!」
「いえ、わたしもそう思います!」
陣内の不躾な確認にも、二人は新鮮に答えた。
その瞬間(とき)だった。
男の方が、逆に質問してきたのである。
その質問に陣内は驚愕した。