(その八)奇跡の確率

追憶は光景である。
渦は光であり、罠は闇である。
つまり、光景の中の光と闇は対称を成し、映像と化す。
そして、映像には始まりがあり、終わりがある。
それゆえに映像である。
実在するものは、始まりがあれば終わりがないし、始まりがないから終わりがある。
ところが、映像になれば、始まりがあり、終わりがある。
追憶の渦の始まりと終わり、追憶の罠の始まりと終わりの交錯による四つの錯覚の総和が、残酷な出来事を生み出した。
『猿の惑星』という映画の中でも残酷な出来事が起こったことを思い出してみるがいい。
それは、まさに、追憶の渦の始まりと終わりが、追憶の罠の始まりと終わりと交錯したのが引き金になった。
この瞬間(とき)に残酷な出来事が起こる確率は、1/(2+2)2*(2+2)3*・*(2+2)
である。
更に、
成田空港から午後9時55分に飛び立ち、パリのシャルル・ドゴール空港に翌朝午前4時25分到着予定で向かっていたボーイング77W型ジェット機日本航空JL5055便の中で残酷な出来事が起こる確率はその1/2である。
ロンドンのガトウィック空港から午後12時55分に飛び立ち、ポルトガルのリスボン空港に午後1時40分到着予定で向かっていたボーイング737型ショートレンジ機英国航空BA1811便の中で残酷な出来事が起こる確率はその1/2である。
従って、
人間の五感で受信できる精度では、何事も起こっていないことになる。
ところが、
リスボンに向かっていた青年が、上空からジブラルタル海峡を鳥瞰していた瞬間(とき)、ポルテラ空港に着陸のための最後のアプローチをするために、機先をジブラルタル海峡上空で反転しようとしていた矢先のことだった。
『しまった!』
パリに向かっている日本人女性が、上空から津軽海峡を鳥瞰していた瞬間(とき)、シベリアのツンドラ地帯に向かうため、機先を津軽海峡で西90度へ切り替えた矢先のことだった。
『しまった!』
1/(2+2)2*(2+2)3*・*(2+2)*1/2の確率の奇跡が起こったのである。
藤堂頼賢が叫んだ。
恵美子が叫んだ。
その瞬間、ひとつの世界が誕生した。
まさに、
星の誕生がそうであり、星雲の誕生がそうであり、大宇宙の誕生がそうであっ
た。