(その八)渦と罠

成田空港から午後9時55分に飛び立ち、パリのシャルル・ドゴール空港に翌朝午前4時25分到着予定で向かっていたボーイング77W型ジェット機日本航空JL5055便の中で残酷な出来事が起こったのである。
その引きがねが『しまった!』の内なる叫び声であったのが実に象徴的だ。
ロンドンのガトウィック空港から午後12時55分に飛び立ち、ポルトガルのリスボン空港に午後1時40分到着予定で向かっていたボーイング737型ショートレンジ機英国航空BA1811便の中で残酷な出来事が起こったのである。
その引きがねが『しまった!』の内なる叫び声であったのが実に象徴的だ。
追憶の渦と追憶の罠が時空間を越えたところで交錯する。
その瞬間(とき)は、始めがあって、終わりがない。
まるで、生命の誕生と死の正反対だ。
正物質と反物質との関係そのものである。
JL5055便とBA1811便は正物質と反物質との関係そのものである証明になるかもしれない。
そうすると、BA1811便がリスボンに到着する瞬間(とき)が、最大のイベントになるというわけだ。
その瞬間(とき)、JL5055便が地球上のどの位置にいるかが問題になることは自明の理である。
まさしく、始めがあって、終わりがない。
成人式を祝って開催される三十三間堂の“通し矢”競技で、恵美子は藤堂頼賢と始めて出逢った。
その瞬間(とき)、恵美子固有の時間の流れが停止してしまった。
時間は普遍のものだと誰もが思っているが、実は時間は固有のものなのである。
人間が普遍の時間と思い込んでいるものは、実は地球固有の時間であって、親星の太陽にも、兄弟星の火星や金星にも、子供星の月にもそれぞれ固有の時間があって、おたがいの時間はまったく違うのである。
一日は24時間であり一年が365日という時間は地球固有の時間であって、火星では一日は24時間37分であり一年は670日であり、金星では一日は2808時間であり一年は2日だ。
人間にも、それぞれ固有の時間がある。
恵美子の固有の時間が急停止してしまったのだ。
始めがあって、終わりがない。
追憶の渦と追憶の罠がまさに象徴していた。