(その七)父の声

父、正三の琵琶法師のような姿に衝撃を受けた恵美子は、まだ二十歳過ぎの若輩であるにも拘わらず、六十歳を過ぎている父の精神構造よりも熟している思考回路になっていた。
『人の心なんて、何を思い、何を行動するのか、ほんまに、その場になってみんとわからへんわ・・・』
恵美子自身も、この一年間の自分が考えたこと、そして、行動してきたことを振りかえってみて、納得のできることなど一度もなく、道理が人の道として最も大切な物差しとするなら、物差しなど何の役にもならないものだと思わずにはおられなかったのである。
その瞬間、今まで疑いもしなかった自分の運命に一沫の猜疑が浮かんできたのである。
こんなことは彼女にとって経験したことのない想いだった。
そして、ひとつのことが明白に心の鏡に映っていたことに気がついたのである。
それは母親、倫子に対する脅迫観念であった。
今の恵美子に、母親と子の間にある脅迫観念を論理性で以って理解するには、まだ経験が浅すぎたが、観念性で以って体得できたのかもしれない。
普通の二十歳を少し過ぎた女性ではとうてい無理な体験を、祇園の舞妓や芸妓の経験を通じて可能足らしめたのであろう。
祇園と先斗町の舞妓、芸妓では更に大きな違いがあることに一体誰ほどの者なら気づくことができるだろうか。
「わては、あんたの父親であって、父親ではおまへん」
正三が正気に戻って、ポツリと呟いた。
『わては、あんたの父親であって、父親ではおまへん』
二度目の呟きは独言のようだった所為か、恵美子は二の足を踏んだ。
生みの親、育ての親と巷間では言われるが、生ませの父親、育てさせの父親など一度も聞いたことがない。
だが、この世の中で、ある地域だけにある観念だったのだ。
まさに、常識の中の非常識であったが、どうやら、人間の本質はここまで掘り下げないとわからないのかもしれないのだ。