(その七)祇園精舎

父、正三の懺悔はこんな件で始まった。
「わては生まれた時から、ある運命を背負っていたんどす」
その口ぶりは、恵美子の父親とはとうてい思えないほど萎縮したものだった。
「なんでんねんや!大晦日にそのみっともないみなりは・・・」
去年の大晦日の夜に泥酔して帰ってきた恵美子を正三が叱責した時のことを思い出したのである。
「お父はん、何言うてはんの!うちは先斗町のお勤めの帰りどすえ・・・
遊んでたんとちがいます!」
酔った勢いで言い放った時の精神状態とまったく違う恵美子の勢いに圧倒された正三は、中村屋ではじめて倫子と会った時のことを思い出した。
中村屋で客としてはじめて座敷遊びをした正三が、芸者の倫子に誘われて輪違屋のバーに行った。
彼女を抱えていたのが輪違屋だったからだ。
遊び馴れしていない正三に経験を積ませるようにと、同席していたある常連の客から頼まれたのである。
輪違屋が置屋の老舗なら、角屋が揚屋の銘舗だ。
芸者や舞妓を抱えるのが置屋なら、置屋から芸妓を呼んで遊ぶのが揚屋である。
輪違屋のバーで一緒に飲んでいた正三を倫子が角屋に誘い、そこで、二人は結ばれた。
中村屋で同席したある常連の客とは藤堂高順だったことを、その後、藤堂頼賢から聞いた恵美子は愕然としたが、女は自分に振りかかってきた試練を受け入れる体質を持っている。
自分に振りかかってきた試練を疎ましく想う男の体質とはまったく違う逞しさを女は持ち併せているらしい。
「平城京から長岡京を経て平安京に遷都された時の出来事どした」
正三の話はまるで平家物語を吟ずる琵琶法師のもののようだった。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・」
恵美子は聞くに堪えられない響きに耳を覆った。