(その七)歴史の分岐点

『日本の歴史の分岐点がここにあったんやな・・・』
記憶の走馬灯の回転が止まったことで、藤堂頼賢はすべてがわかったのである。
まさに、日本という国は国盗り物語の巣窟であったわけだ。
島国ゆえの宿命であったのかもしれない。
中華思想に基づいた中国は、何千年の歴史の中で易姓革命の名の下に国盗り物語が続けられてきた。
戦国時代の中で天下を統一したのが秦の始皇帝だったが、秦は百年も持たず、始皇帝の死で以って秦は滅びた。
始皇帝の時代から、実質的に天下を握っていた二人の英雄がいた。
項羽と劉邦だ。
まさに、四面楚歌の物語である。
三国史が中国の歴史の中では重要な位置を有し、特に、その中で曹操と劉備による三顧の礼の諸葛孔明が有名だが、実際には四面楚歌の物語が分岐点だった。
つまり、項羽と劉邦が中国の歴史の分岐点にいた人物なのである。
そして群雄割拠の時代から天下統一の時代へと移っていった。
隋、唐、宋、元、明、清、蒋介石を皇帝とする中華民国、そして、現在の毛沢東を皇帝とする中華人民共和国である。
しかし、中国のすべては、項羽と劉邦から始まったのだ。
漢と隋の間で南北朝時代があった。
鎌倉時代と室町時代の間で南北朝があったのは、その再現に他ならない。
歴史の分岐点の中で、オーケストラの指揮を取ったのが、他でもない室町幕府三代将軍足利義満なのである。
歴史の分岐点の傷跡が、現在の日本にまで引き継がれていたのだ。
足利義満と貞子。
後円融天皇と厳子。
貞子と厳子は姉妹である。
まさに、歴史の陰に女ありだ。
更に、歴史の陰にある、人間の底辺に根付く悪意だ。
藤堂頼賢は、恵美子の父親である畑正三の怨念を思わずにはいられなかった。
そこに、恵美子の母親の倫子が複雑に絡んでいる。
『もしも・・・・』
さすが豪胆の彼もそれ以上の想いを馳せると震撼するのだった。