(その七)五感の記憶

藤堂頼賢は、泉涌寺での最後の場面を思い出していた。
藤堂頼賢は泉涌寺の3人の担当官に訊いてみた。
「第四十代天武天皇から第四十八代称徳天皇までの位牌は何処にありますか?」
「第九十六代後醍醐天皇から第九十九代後亀山天皇までの位牌は何処にありますか?」
万世一系の天皇家のアキレス腱をずばりと突いてきた藤堂頼賢に対して、小細工をしても仕方ないと覚悟していたのか、霊明殿が再建された明治17年以来、そのままにしてあった位牌安置所に彼を引率した。
第三十八代天智天皇と第四十九代光仁天皇の位牌の間が不自然なのである。
本来、第四十代天武天皇から第四十八代称徳天皇までの9個の位牌が並べられてあったところが空いているのである。
更に、第九十六代後醍醐天皇から第九十九代後亀山天皇までの4個の位牌が不自然な状態で置かれてあったのだ。
誰が見ても、後で置き換えられた様子が窺えるのである。
「何時置き換えられたのか?」
藤堂頼賢は3人の担当官に敢えて問うことはしなかった。
問う必要もなかった。
答えは歴然としていたからだ。
「明治維新とは、国換えだったのですね?」
独り言のようにポツリと呟いた藤堂頼賢に彼らは無言で肯くだけだった。
その瞬間(とき)、彼の脳裏にある光景が浮かんだ。
藤堂頼賢として生きた22年間の記憶にはない光景だった。
人はそれを前世の走馬灯と言うのだろうが、その光景は余りにもリアルだ。
ほんの昨日の出来事のような鮮明な記憶なのである。
いわゆる前世の記憶が実在すると仮定するなら、まさしく、こういった光景なのだろう。
自分の前世が釈迦だと豪語する新興宗教者がいた。
釈迦の生きた時代のインド語をぺらぺら喋っていた。
母国語を喋るネイティブスピーカーの言語記憶は舌と唇にあるのに対して、外国語を喋る人間の言語記憶は大脳にある。
まさしく、記憶、すなわち、光景の鮮明さがまったく違うのは、記憶場所が五感なのか大脳なのかの違いにある。
死を理解するには、大脳の記憶からではとうてい無理だ。
死を理解するには、五感の記憶からでないととうてい無理だ。
藤堂頼賢は死を理解したのである。