(その七)三時の幸せ

気の置ける店だから、ふたりは何でも話せた。
藤堂頼賢の方から話だした。
「俺はこれからフランクフルトに行かなあかんわ!」
恵美子には何を言っているのか理解できない。
「ドイツに行かなあかんねんや!」
相変わらずぶっきらぼうな口調だが、以前の彼と随分変わっていた。
余りに唐突な話だけに、恵美子の頭はエアーポケットに入ってしまったが、印象は以前のような否定的なものではなく、自然に受け入れられるものだった。
「俺と一緒に来てくれへんか?」
予想もしていなかった言葉にはじめは鳩に豆鉄砲の様子だった恵美子だが、徐々に察しがついてきた。
「うちは祇園の芸妓おすえ?」
藤堂頼賢に理解を促すつもりで言ったのに、まるで通用しなかった。
「それがどうしたんや?」
分別のない発言だったが、理由もなく恵美子は嬉しかった。
たとえ無理な話でも、彼の意気が感じられたからだ。
ふたりで天国に行っても、男に意気が感じられなかったら、本物の女は感動しない。
ふたりで地獄に行っても、男に意気が感じられたら、本物の女は感動する。
『どうしても、うちもドイツに行かなあかんのどすか?」
藤堂頼賢は迷いもなく頷いた。
『この人には迷いというものがまるでないわ!』
ふたりだけの秘密の場所で飲むコーヒータイムは三時の幸せを恵美子に与えた。