(その七)激震の余韻

先斗町から発信されたメッセージを最初に受信したのはローマであった。
ローマと京都は8時間の時差があり、リスボンとの間は9時間ある。
ローマとリスボンとの時差は1時間というわけだ。
京都の歌舞練場からメッセージが送られたのが午後2時だったから、ローマは午前6時であり、リスボンは午前5時だった。
バチカンの朝のミサが始まるのが午前7時だから、1時間だけの余裕があったが、その間に世界が激動したのである。
リスボンの本部は世界の激震を敢えて避けるために閉められたままである。
舞台を降りた恵美子の所に母親の倫子が掛け寄ってきた。
「恵美子、藤堂はんは何処にいやはるんどすか?」
倫子の手が震えていることに恵美子はすぐ察知した。
「お母はん、一体どうしはったんどすか?」
「それより、お父はんは一体・・・・・・」
言い掛けた恵美子を手で制止した倫子は、まだ舞台に立っている正三の傍に戻っていった。
正三はまだメッセージを送っている様子だったが、恵美子にはまったく関心が湧かないようだ。
『お父はんは、途轍もないことをしてはんのやろけど、うちには興味が湧かへん・・・それより、藤堂はんのことが心配やわ・・・』
電話が途中で切れたまま文字通り音沙汰がないのだ。
恵美子は二人の世界を選んだのである。
俗世という世界はいま激震で揺れ動いているのに、二人の世界はまさに静寂そのものだった。
『藤堂はん、はよ二人の世界に戻ってきておくれやす!』
恵美子は心の中で叫んだ。
その瞬間(とき)、携帯電話が振動した。
俗世の激震の中では、携帯電話の振動は一気に呑み込まれるはずだが、恵美子が確保している静寂の空間では、彼女の心臓が口から飛び出すほどの衝撃だった。
『藤堂はんや!』
その直後、不安感に襲われた。
『まさか!?』
その魔坂だった。
携帯電話のモニターに「鹿ヶ谷」と映し出された。
鹿ヶ谷澄江からの電話だったからだ。
まるで世界の激震の余韻のように恵美子には思えた。