(その六)メノラ

藤堂頼賢が泉涌寺の霊明殿で、改竄された日本の歴史を糾していた時、歌舞練場では、「日本誕生」の舞踊劇がクライマックスに達しようとしていた。
「日本誕生」の舞踊劇のクライマックスは二場面あり、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が草薙の剣を縦横無尽に斬り放って熊襲一族を壊滅させる場面と、天の岩戸にその身を潜めている太陽の神、天照大神(アマテラスオオミカミ)を、世界が真暗闇に陥った中で、天宇受女(アメノウズメ)が裸になって、彼女を天の岩戸から誘い出す場面である。
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が草薙の剣を放つ場面で、七支刀が草薙の剣として主人公、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を演じる恵美子の手に持たれた時、観客席から見馴れた男性が立ち上がって、恵美子に向かって何か叫んだ。
『お父ちゃん!』
恵美子は舞台の上で思わず絶叫した。
黒のスーツに黒のシルクハットをかぶった畑正三が立っていた。
家で見る様相とはまるで違った父の姿に恵美子は吃驚した。
顎まで伸びたもみあげと白い髭が長く伸びたその形相は、キッパと呼ばれる帽子と相俟って、さながら、正統ユダヤ教のラビそのものだ。
恵美子が持っている七支刀と同じ形のものが彼の手にあり、恵美子に向けられていた。
メノラと呼ばれる燭台である。
七本の蝋燭を立てる台で、ユダヤ教の儀式に必ず使われる祭具だ。
ユダヤの王が即位する時の戴冠式で、ユダヤ教の祭司であるラビが七本の燭台に蝋燭を立てて火を灯ける。
ユダヤ教では「7」という数字がラッキーナンバーである所以は、この七本の燭台であるメノラから由来している。
一週間を7日にしたのもユダヤ教からだ。
ラッキーナンバーが「7」であるのもユダヤ教からだ。
神に因んだ数字がやはり「7」だ。
獣の数字「666」の中で、「1、4、7」が神の数字であるのに対して、「3、6、9」が獣の数字そのものである。
畑正三がこの期に及んで、何故このような行動に出たのか、その時の恵美子には理解できなかったが、この後のクライマックスでその理由がわかったのである。