(その六)京都からのメッセージ

歌舞練場の舞台では、畑正三が横に添っている倫子から七支刀を受け取り、襟を正して直立した。
観客席の人間のみならず、舞台に立っている踊り子たちまでが、これから何事が起こるのだろうかと戦々恐々とした様子だ。
舞台袖の恵美子だけが分裂状態に陥っていたが、そんなパニック状態の彼女の脳天に稲妻を走らせる事態が起こった。
藤堂頼賢の身を案じながらも、こちら側の重大な事態に身を引き摺り込まれているのである。
畑正三が京都から世界にメッセージを送ろうとしているらしい。
その発信の場が「鴨川をどり」の舞台がある先斗町というのが、実に象徴的だ。
先斗町を「ぽんとちょう」と読むのは、ポント(ponto)というポルトガル語からの由来である。
(ponta)が先という意味で、(ponto)は点という意味で、「斗」は捨て仮名である。
賭博で真っ先に金をかける者を指す。
実に象徴的だ。
一方、祇園を「ぎおん」と読むのは、シオン(Sion)というラテン語からの由来でありフランス語に引き継がれている。
(Sion)はイエルサレム市街の丘の名であり、イスラエル生みの親、ダビデ王の城や墓がある場所を指す。
転じてイエルサレムの雅名、つまり、尊称としてシオン(Sion)が使われている。
世界のユダヤ教徒のみならず、キリスト教徒、イスラム教徒にとってもイエルサレムは聖地であり、その尊称がシオン(Sion)、つまり、祇園なのである。
京都は明治維新以後に名づけられたもので、それまでは平安京だったが、まさに、平安の都という意味である。
平安の都、つまり、英語で言うところの(Peaceful Capital)だが、古代アラム語、延いては、古代ギリシャ語、延いては、ラテン語では(Jerusalem−イエルサレム)そのものなのである。
京都の祇園とはイエルサレムのシオンのことなのである。
ところが、メッセージは先斗町から送られる。
ポルトガルにとっての(ponto)は言うまでもなく首都リスボンである。
何故、リスボンから世界へメッセージを送らなければならないのか。