(その六)縄文人と弥生人

人類の文明社会のルーツは、アブラハムとサラの間で生まれたイサクから始まるシュメール人にある。
シュメール人からアーリア系白人、アフリカ系黒人、黄色系モンゴロイドに分かれて、世界に散って行った。
日本人のルーツもシュメール人に遡る。
日本では、アブラハムとサラが須佐乃男(スサノオ)と天照(アマテラス)になったのだ。
問題はアブラハムとハガルの間に生まれたイシュマエルである。
問題は須佐乃男(スサノオ)と天宇受女(アメノウズメ)の間に生まれた子供はどうなったのか。
日本書紀では、須佐乃男(スサノオ)と天宇受女(アメノウズメ)の間に子供など生まれていない。
その代わりに、猿田彦(サルタヒコ)と天宇受女(アメノウズメ)が夫婦になっている。
猿田彦(サルタヒコ)とは須佐乃男(スサノオ)その人であったのだ。
須佐乃男(スサノオ)は出雲出身の縄文人である。
天照(アマテラス)は日向出身の弥生人である。
縄文人の血の流れを受けた天皇系と弥生人の血の流れを受けた天皇系との戦いが、現代にまで引き継がれてきたのが、日本の真の歴史だったのだ。
南北朝時代がそのことを如実に顕しているわけである。
天智天皇系が弥生人であり、天武天皇系が縄文人になる。
現在の天皇家は北朝系だと言われている。
室町幕府三代将軍足利義満の明徳和約以来、現代まで北朝系が続いている。
古事記と日本書紀を「記紀」としての公式の歴史書の定説だったが、真実の歴史はそうではなかったのだ。
だから、天皇家の菩提寺である泉涌寺の霊明殿には、天武天皇系の歴代天皇の位牌がなかったのである。
天智天皇系は弥生人の農耕型民族をそのルーツとしているのに対して、天武天皇系は縄文人の狩猟型民族をそのルーツとしている。
そうすると、泉涌寺に楊貴妃を祀る観音堂があるのはどういうことだ。
易姓革命で代々の王朝が誕生していった中国の歴史の中でも燦然と輝いているのが唐である。
楊貴妃は唐の第六代玄宗皇帝の妃であり、唐王朝は初代高祖である李淵、そして、第二代大宗である李世民によって打ち立てられた中国史上最大の王朝であって、秦の始皇帝以来の狩猟型民族である。
農耕型民族の弥生人ではない。
表向きには、農耕型民族の弥生人、すなわち、北朝系を標榜しつつ、裏では、狩猟型民族の縄文人、すなわち、南朝系を堅持しているのが、泉涌寺という寺なのである。
藤堂頼賢はそのことを確認したかったのだ。