(その六)日本のルーツ

「鴨川をどり」は今年で終焉を迎えるべきだ。
その動機が100年以上の歳月を経て完結したからである。
恵美子が演じた日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の前に現れたのは、天照大神(アマテラスオオミカミ)ではなくて、天宇受女(アメノウズメ)であった。
『お母はん!』
舞台も忘れて恵美子は叫んだ。
七支刀を携えた天宇受女(アメノウズメ)を演じていたのが、母の倫子だったのである。
嘗て花若太夫として一世を風靡した倫子が、26年の歳月を経ても、一向に変わらぬ妖艶さで天宇受女(アメノウズメ)を演じていたのである。
日本書紀では、天宇受女(アメノウズメ)は天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が高天原から日向国の高千穂峰に降臨した際に先頭に立って道案内した猿田彦(サルタヒコ)の妻であるとされている。
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は天照大神(アマテラスオオミカミ)の命により、葦原中国を統治するため高天原から日向国の高千穂峰に降り(天孫降臨)、吾田国の長屋の笠狭碕に到達した。
そこで大山祇神(オオヤマツミ)の娘を娶り、ホデリ(海幸)・ホスセリ・ホオリ(山幸)を生んだ。
ホオリ(山幸)の孫が神武天皇であるというわけである。
いわゆる、天孫降臨の神話の主人公である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)こそが、神と人間の橋渡し役というわけである。
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は、日本書紀では天火明命(アメノホアカリノミコト)の子とされている。
ところが、天火明命(アメノホアカリノミコト)は丹後国一宮である籠神社の主祭神であり、国宝に指定されている代々の宮司を務める海部家の高祖である。
現在の宮司は82代目だが、初代の天火明命(アメノホアカリノミコト)まで遡る系図があり、それが国宝に指定されているのだ。
更に驚くべきことに、海部家4代目の倭宿禰命(ヤマトノスクネ)は神武天皇の東征の際に亀に乗って神武天皇の前に現れ、大和国へ先導したというのである。
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が高天原から日向国の高千穂峰に降臨した際に先頭に立って道案内した猿田彦(サルタヒコ)と酷似しているではないか。
猿田彦(サルタヒコ)と天宇受女(アメノウズメ)。
彼ら夫婦こそが、朝鮮半島の高句麗から隠岐島を経由して宍道湖に辿り着いた出雲人の祖先だったのである。