(その六)天皇

動物の世界にも縄張り争いがある。
“食うか食われるか”の世界の掟だ。
食う奴が侵略者で、食われる奴が先住民だ。
人間の世界にも縄張り争いがある。
“生きるか死ぬか”の世界の掟だ。
生きる奴が侵略者で、死ぬ奴が先住民だ。
それなら、掟は完結している。
それなら、掟は円回帰している。
ところが、何時の頃からか、何処かで、おかしなことが起こった。
侵略者が先住民と一緒に暮らすようになった。
それまでは、侵略者は先住民を必ず食った。
それまでは、侵略者は先住民を必ず殺した。
人類が人間に変わった時のことである。
いわゆる文明社会が誕生した時のことである。
侵略者が先住民を奴隷にした時のことである。
爾来、
文明社会は、必ず、支配・披支配二層構造になったのである。
爾来、
文明社会は、必ず、世襲・相続の差別社会になったのである。
爾来、
文明社会は、必ず、差別・不条理・戦争の社会になったのである
爾来、
文明社会は、必ず、古代・中世では宗教の社会、近代では科学の社会になったのである。
何時の頃からか、何処かで、おかしなことが起こったのは、侵略者が先住民と一緒に暮らすようになったからだ。
何故一緒に暮らすようになったのか。
蓄積したいからだ。
侵略者が蓄積したいからだ。
蓄積の概念が生じたことが、人類から人間への変節のきっかけだ。
蓄積の概念が生じたことが、エデンの園から追放された真の理由だ。
善悪の判断をする禁断の果実を食べた結果、蓄積の概念が生じたのが最大の理由だ。
善悪の判断とは、蓄積の概念に他ならない。
蓄積できるのが善であり、蓄積できないのが悪と言うわけだ。
日本では、縄文時代から弥生時代へ移行した時のことだ。
日本では、狩猟型民族から農耕型民族に移行した時のことだ。
農耕型民族である弥生人の元祖が天皇家なのである。
天皇家の最大のお祭が新穀を祝う新嘗祭(にいなめさい・しんじょうさい)であり、天皇即位の大嘗祭(だいじょうさい)は新嘗祭(にいなめさい・しんじょうさい)の時に行われ、今では、「勤労感謝の日」となって祭日になっている。
まさに、農耕型民族の典型である。