(その六)差別の歴史

日本の歴史を語るには、先ず、縄文時代と弥生時代からはじめなければならない。
縄文時代は1万三千年前からはじまると言われている。
弥生時代は三千年前からはじまると言われている。
現代日本人は基本的に弥生人の末裔であるとされているが、長い日本の歴史の中では、縄文人と弥生人の混血種が中心であることは確かである。
しかし決して忘れてはならないのは、縄文人は弥生人にとっては先住民であり、弥生人は縄文人にとって侵略民である。
先住民と侵略民。
人間社会だけにある哀しい差別の歴史の根源が先住民と侵略民の問題であり、この問題は日本だけに限らず、万国共通の厄介なテーマだ。
北アメリカ大陸におけるアメリカン・インディアンと西欧白人。
南アメリカ大陸におけるインディオとスペイン・ポルトガルのヒスパニア系。
オーストラリア大陸におけるアボリジニと西欧白人。
差別は侵略民と先住民との間で発生する支配・披支配二層構造の人間社会だけにある。
4000年前、インド亜大陸にペルシャから白色系アーリア人が侵略してきた。
それまでのインド亜大陸に住んでいたのはドラビダ人と呼ばれるアフリカン・ブラック系人種だった。
文明社会を構築した人類の祖先で、新人と呼ばれたホモサピエンスには、三種類の人種がいた。
白色系アーリア人。
アフリカン・ブラック。
黄色モンゴロイド。
メソポタミア文明を興したチグリス、ユーフラテス両川で成す三角デルタの地域をシュメールと呼び、白色系アーリア人もアフリカン・ブラックも黄色モンゴロイドも、このシュメール地域から世界へ旅立って行った。
今から1万年以上も前のことであるから、ルーツは三人種とも同じである。
白色系アーリア人とアフリカン・ブラックが衝突した4000年前のインド亜大陸ではじめて侵略民と先住民の確執が発生した。
結果的には、白色系アーリア人が支配側に立ちインド・アーリア人の祖先となった一方、アフリカン・ブラック系のドラビダ人は披支配側に立たされた。
支配側に立った侵略民であるインド・アーリア人は、支配強化のためにバラモン教という宗教をつくり、ヴェーダという聖典を書き上げた。
その中にヴァルナ制度を埋めこんだ。
いわゆる世に言う「カースト制度」と呼ばれる差別階級制度である。
バラモン(祭官、僧侶)
クシャトリア(王族及び武士階級)
ヴァイシャ(平民)
シュードラ(農奴)
更に、第五のヴァルナとしてアチュード(不可触民)をつくり、先住民のドラビダ人全部をアチュード(不可触民)にした。
この制度を真似たのが徳川家康である。
1600年。
関ヶ原の合戦で勝利した徳川家康が最初に制定したのが「士農工商」制度であり、その下に、弥生人が日本に入ってくる以前から住んでいた先住民を穢多、非人として置いた。
先住民のドラビダ人をアチュード(不可触民)と置いたのと同じである。