(その六)謎の女

「日本誕生」のもう一つのクライマックスですべての謎が解き明かされる時が刻一刻と迫っていた。
天の岩戸に隠れた天照大神を誘き出すための囮になったのが天宇受女(アメノウズメ)だが、天宇受女には猿田彦(サルタヒコ)という夫がいたにも拘わらず、上半身を裸体にして天の岩戸の前で踊った。
しかも、天照大神が天の岩戸の外で起こっている喧騒に好奇心を持った隙を狙って、猿田彦自らが岩戸を無理やり押し開こうというわけである。
つまり、夫婦そろっての大芝居を打った。
と日本書紀は描いている。
天の岩戸伝説の場所は特定されておらず、日本全国に天の岩戸跡が残されている。
九州にも、四国にも、中国地方にも、近畿地方にも、東海地方にも、北陸地方にも、東北地方にも、天の岩戸伝説跡があるのだ。
ここに、日本書紀という歴史書の本質が隠されている。
日本という国の高祖神としても、天皇家の皇祖神としても天照大神が奉られていることから、天皇家が日本という国の最古の祖先、つまり、高祖として崇められてきた。
それが、「現人神(あらひとがみ)」と鼓吹されても、殆どの日本人が納得する所以であったし、太平洋戦争で「天皇陛下万歳!」と叫んで死んでいった若い兵士の拠りどころであった。
しかし、日本書紀はそうは言っていない。
天照大神は所詮、神であって、人間の祖先ではない。
人間の祖先は猿田彦と天宇受女であると言っているのだ。
日本全国あらゆる処で、天の岩戸伝説から国興しが為されて、その土地、その土地の祖先が猿田彦と天宇受女をモデルとして描かれているのである。
旧約聖書のアダムとイブ伝説とまったく同じだ。
猿田彦と天宇受女はイザナギノミコトとイザナミノミコトでもあるわけだ。
その証明が「七支刀」であった。
石上神宮を本拠地として物部一族の首長・物部守屋が、若き聖徳太子を奉り上げた蘇我一族と戦った時、家宝の中の家宝である「七支刀」を守護神として出陣して圧倒的な勝利を収めたが、敵の放った矢が守屋に命中し、戦況は一変した。
その際に聖徳太子が戦の勝利を懇願して四天王寺を建立した、と日本書紀は書いているが、どうもおかしい。
聖徳太子ゆかりの大聖軍寺には物部守屋の墓があり、更に、聖徳太子を守る姿の物部守屋像が安置されている。
実のところは、物部守屋が「七支刀」を先陣にして敵前に立ったのを見た聖徳太子は、蘇我軍から離脱して物部守屋側についたのである。
結果的には蘇我氏が勝利し、その後の聖徳太子と蘇我一族、特に、蘇我入鹿との確執が強まり、やがて、聖徳太子も母も后も暗殺され、最後に法隆寺を焼き撃ちされるのである。
鍵は「七支刀」だった。
その鍵を握っているのが、謎の女、天宇受女だ。