(その六)七支刀の謎

ユダヤの王の戴冠式に最も重要とされるメノラと呼ばれる燭台を形とられて、七支刀となって日本に伝えられ、日本の天皇の証明となる「三種の神器」の最も重要な「草薙の剣」となった。
ユダヤの王の証明となるメノラ。
ところが、ユダヤの王の証明となる「三種の神器」は「十戒を彫った二枚の石版」、「アロンの杖」、「マナの壷」だと旧約聖書は伝えているが、メノラについて言及をしていない。
いや、避けていると言った方が正しいだろう。
日本の天皇の証明となる七支刀。
ところが、日本の天皇の証明となる「三種の神器」は「八咫鏡(ヤタノカガミ)」、「天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)」、「八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)」だと日本書紀は伝えている。
更に、「天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)」は「草薙の剣」だとも、日本書紀は伝えているが、七支刀について言及していない。
いや、避けていると言った方が正しいだろう。
それらの理由は、表面上の王と真の王との使い分けをしてきた証明でもある。
それらの理由は、表面上の天皇と真の天皇の使い分けをしてきた証明でもある。
「草薙の剣」を持っている天皇は表面上の天皇であって、「七支刀」を持っている天皇こそ真の天皇だというわけだ。
「七支刀」は奈良県天理市にある石上神宮に安置されている「十種の神宝」の一つである。
石上神宮は物部一族の本拠地だった。
物部一族のルーツは海部一族である。
海部一族が分かれていって、物部一族、尾張一族、諏訪一族となっていった。
天武天皇が天智天皇の追手を逃れて吉野に篭った時、手助けをしたのが尾張一族、諏訪一族だった。
後醍醐天皇が足利尊氏の追手を逃れて吉野に篭った時、手助けをしたのが尾張一族、諏訪一族だった。
1336年から1392年までの56年間続いた南北朝時代だけが、日本の天皇家の分裂事件ではなかったのである。
紀元前660年にはじまる、2660年続いた万世一系の天皇家の歴史は、南北朝の歴史であったのだ。
その鍵になるのが「七支刀」だった。