(その五)使命を知る

「鴨川をどり」の舞踊劇で主役を務めることが決まった恵美子は、「日本誕生」の開演が10日後に迫った日、鹿ヶ谷哲夫邸を訪問した。
玄関に出迎えに出てきた澄江の顔を見た途端、恵美子は感極まり、溢れ出る涙を抑えきれない自分に新たな一面を発見するのだった。
今まで出逢ったことのない相手なのに何度も会ったような記憶が脳裏を掠めることが、一生の中で数度はある。
澄江との邂逅は一度だけであるのに、何十年も前からの知己であるように思えるのは、単なるデジャブ現象で片付けられない奇異なものを感じる。
血の騒ぎを感じるのだ。
「いらっしゃい」
澄江の一言が恵美子の血を騒がすのである。
最初に出逢った時の彼女への言葉が、「まあ奥までお上がりやす!」であったのに、今日は「いらっしゃい」だ。
自分の家に帰ってきたような安心感を澄江の言葉が与えてくれる。
「おおきに、スミエはん!」
恵美子は精一杯甘えてみた。
「トラはんから聞いたんやけど、今年の『鴨川をどり』で主役を演じはるんやてほんまどすか?」
恵美子が鹿ヶ谷邸を訪れた際には、本人は無論のこと、澄江も事の重大さに気づいていなかったが、鹿ヶ谷哲夫は藤堂頼賢から聞いた時に既に見抜いていたのである。
ただ、恵美子の女としての直感と、畑家の血が相俟って時空を超えて共有する想いがここまで導いたのだ。
二人の兄の末妹として生まれた不運だけで、16才で水商売に身を染めざるを得なかった。
そんな運命を背負って生きてきたと思い込んできたが、やはり、“艱難汝を玉にす”だ。
己の使命を自覚するのは、艱難に遭遇した瞬間(とき)と決まっている。
“ルンルンの人生”から珠玉の幸運に遭遇することは絶対にない。
二人の兄は、京の都が誇りにする二つの大学の門を潜って、“ルンルンの人生”の登竜門の前に既に立っている。
それに比べて自分は、人間社会がつくり上げてきた泥水の溜り場に身を置いている。
“そんな泥水の川にも一片の花は咲く”
勤めの帰りに高瀬川の辺を歩く度に恵美子は自らを勇気づけていたが、実現するには余りにも人間社会は汚れ切っていた。
そんな中で、藤堂頼賢との出逢いは、砂漠の中でオアシスに辿り着いたような清々しさがあった。
そして、藤堂頼賢との出逢いが、澄江との邂逅の機会を与えてくれ、更には、自分の使命を決定づけてくれる鹿ヶ谷哲夫が待っている瞬間(とき)が刻一刻と迫っているのである。