(その五)動きだした国

「鴨川をどり」は明治5年に京都博覧会の余興として、「都をどり」と一緒に上演されたのがはじまりである。
明治17年から明治27年の間は休演され、翌明治28年に再開された。
つまり、日清戦争の終結と共に再開されたのである。
昭和になって、第一次世界大戦でやはり休演したが、大戦の終結の翌昭和21年に再開した。
昭和26年には、それまで「都をどり」と同じ総踊形式であったものを、第一部が舞踊劇、第二部は舞踊ショーの二部形式に変わり、洋楽も取り入れ、少女レビューは、宝塚歌劇団にも多くの影響を与えた。
宝塚歌劇団は、大正2年に阪急電鉄の小林一三が少女歌劇団として創始したものを後に宝塚歌劇団と改称したもので、ジャン・コクトーは自己の世界観に「鴨川をどり」の舞踊劇を大いに参考とした。
宝塚歌劇がフランスの劇を模倣する所以は、ジャン・コクトーが「鴨川をどり」の舞踊劇を教材にしたことから由来する。
更に、人間社会の風刺劇を得意としていたユダヤ系イギリス人のチャールズ・チャップリンが「鴨川をどり」の舞踊劇に触発され、後の「ライムライト」という名作を残した。
平成10年まで続いた舞踊劇がその後中断されていたのだが、それが再開され、恵美子が主演するというのである。
「軸の時代」という言葉があることを、恵美子は鹿ヶ谷哲夫から聞いたことを思い出した。
ドイツの哲学者カール・ヤスパースが提唱した説である。
紀元前500年頃を中心にして、前後600年のあいだ、すなわち紀元前800年頃から紀元前200年頃に至るあいだに、人類の歴史のなかでは、東でも西でも、全人類に深くかかわる重要にして決定的に大きな一連の動きがあった。
哲学の出現、科学の成立、高度宗教の誕生といったことがあいつぐ。
この時代のことを、カール・ヤスパースは「軸の時代」と呼んだのである。
この時代には、驚くべき事件が集中的に起こった。
シナでは孔子と老子が生まれた。
インドでは釈迦が生まれた。
イランではゾロアスターが出現した。
パレスチナではイザヤという預言者が出現した。
ギリシャではホメロスを筆頭にヘラクレイトス、ソクラテス、プラトン、アルキメデスたちが続々と現れた。
彼らが、お互いに知り合うこともなく、この数世紀のあいだに同時代的に現れたのである。
二十一世紀に入った現在は、まさしく、「第二の軸の時代」の中心世紀に当たると、鹿ヶ谷哲夫は言っていた。
「軸の時代」は2500年周期で訪れると言うのだ。
『うちは、「鴨川踊り」のために帰ってきたんや!』
恵美子がただ単純に思ったわけではなかったのだ。