(その五)歴史の謎

明治維新以降の日本は、正体不明の連中によって、国ごと丸々奪われたらしい。
1894年(明治27年)に勃発した日清戦争。
1904年(明治37年)に勃発した日露戦争。
近代国家になって、たかが数十年の日本が、アジアの大国・中国や近代国家になって数百年の大国ロシアとの戦争で勝利した。
特に、日露戦争の勝利の陰には、英国や米国の応援があった。
資金面ではアメリカの金融機関が日本の国債を買ってくれ、日本海海戦で世界一のバルチック艦隊を撃破できたのは、英国からの情報提供のお陰だったのである。
パクスブリタニカを享受していたビクトリア王朝の大英帝国にとって、最大のライバルであったロマノフ王朝のロシアは当面の敵であったから、敵の敵である日本は味方であったと後の歴史は語るが、果たしてそうだろうか。
三国同盟で以って世界の大半の国々を敵に回して戦った第二次世界大戦の枢軸国、ドイツ、イタリア、そして、日本。
その日本がシンガポール戦で英国を撃ち破ったという情報を聞いた時、ヒットラーがこう言った。
“たとえ敵である英国でも、アーリア人を祖とする白人が、下等な黄色人種に負けるのは我慢がならない!応援を送りたい気持ちだ!”
どうやら人類は、単なる概念に過ぎない国境線よりも、実在する肌の色の違いを意識する種であるらしい。
第二次世界大戦の最終局面に入って、連合軍の主要国であるアメリカ、イギリス、ソ連、中国(中華民国)の首脳がドイツのポツダムで会議をしたが、ポツダム会議の真最中に、アメリカは日本に原爆を投下したのである。
アメリカ大統領トルーマンは、来るべく新しい敵との戦いを想定して、ソ連のスターリンを恫喝したのだ。
人類史上最初で最後の、人間の住む場所への原爆投下実験のモルモットに日本はされたのである。
ナチス・ドイツにとって、英国は敵といえども同じ人間であり、日本は同盟国でありながら畜生に過ぎないのだ。
アメリカにとって、ソ連は敵といえども同じ人間であり、瀕死状態の日本は畜生なのである。
人間という代物は、一体どこまで分裂しているのか。
彼らにとって畜生である日本を、日露戦争で英国や米国はどうして応援したのだろうか。
1901年、ニューヨークで出版された「ユダヤ百科辞典」の中で、スコットランド出身のノーマン・マックレオドが、1867年、彼が横浜で刊行した「日本古代史の縮図」という本の内容が記載されている。
その中で、日本の天皇家は今から2700年前に滅び去った北イスラエル(首都サマリア)と南ユダ(首都イェルサレム)連合王国の正当な王位継承者であるという見解を発表し、明治維新直後の日本の状況を克明に記している。
彼は日本人の食事習慣や日常生活を観察してこう記している。
“日本人だけが、その他の東洋民族とは全く異なった行動様式を持っており、それがどうして起こったかというと説明がつかない。しかし、古代ユダヤ人が住み着いたとすれば、よく理解できる”と。
更に、彼は強調した。
“旧約聖書に見られるさまざまな事柄が、明治維新直後の日本人の生活全般にわたって認められる”
ノーマン・マックレオドはユダヤ人でも、キリスト教徒でもない。
京都・伏見で明治天皇の行幸の様子を観た彼は、明治天皇の顔がロシア系ユダヤ人貴族であるフォン・エプスタイン家のものであったことのみならず、周りの日本人の顔もまた、江戸時代の日本人とはまったく違ったものであったことに驚愕したらしい。
日本という国が一体どうやって入れ替わってしまったのか。
歴史の謎だ。