(その五)国盗り物語の幕開け

明治維新は、西欧社会で近代化がはじまったルネッサンス、宗教改革、産業革命の日本版に他ならない。
日本の国が近代化に着手したのを、明治維新と言う。
元号が慶応から明治に移ったのだが、慶応という元号は第十五代将軍、徳川慶喜の名から取ったものに対して、明治という元号は第百二十二代天皇、明治天皇の名から取ったものである。
武家支配から天皇支配に676年ぶりに易姓革命が為されたのが、明治維新というわけだ。
1192年、源頼朝によって鎌倉幕府が誕生して以来、1868年まで続いた武家政権が、江戸幕府で以って幕を閉じたのである。
鎌倉幕府を倒した足利尊氏は、平安京の中にある室町に幕府を移した。
源頼朝と同じ源氏でありながら、足利尊氏は坂東の地から平安京に幕府を移したのは、親政を図る後醍醐天皇に気遣ったからだ。
日本の歴史の根幹を担っている出来事が、ここに隠されている。
東西日本の所以である。
南北日本でない所以である。
神武の東遷(東征)以来の東西対抗が、日本の歴史の根幹なのだ。
紀元前660年。
神武天皇の東遷(東征)によって、日本の支配権が西(西都原)から東(大和)に移った。
紀元794年。
桓武天皇によって、日本の支配権が東(大和)から西(平安京)に移った。
紀元1192年。
源頼朝によって、日本の支配権が西(平安京)から東(鎌倉)に移った。
紀元1338年。
足利尊氏によって、日本の支配権が東(鎌倉)から西(平安京室町)に移った。
紀元1603年。
徳川家康によって、日本の支配権が西(平安京室町)から東(江戸)に移った。
紀元1868年。
明治天皇によって、日本の支配権が東(江戸)から西(平安京)に移るはずであったのが、明治天皇の江戸行幸によって、江戸が東京という名に変わってそのまま支配権を東が維持した。
楠木正成の銅像が皇居に建てられた謎がここに隠されている。
日本という国が、江戸時代以前と明治時代以降とでは、まったく別の国であり、支配する日本人も、支配される日本人も、まったく別人であった訳がここに隠されている。
江戸時代までの日本を支配する日本人と支配される日本人。
明治時代からの日本を支配する日本人と支配される日本人。
まったく違う人種である根拠がここに隠されている。