(その五)国のアイデンティティー

『うちは、「鴨川踊り」のために帰ってきたんや!』
京都と平安京とはまったく違う。
京都は明治以降の平安京の名だ。
東京に対しての京都だ。
江戸に対しては平安京の京であった。
日本という国は、江戸時代以前と明治時代以降とでは、まったく別の国である。
支配する日本人も、支配される日本人も、まったく別人であった。
江戸時代までの日本を支配する日本人と支配される日本人。
明治時代からの日本を支配する日本人と支配される日本人。
まったく違う人種なのだ。
中国の代々の王朝は易姓革命によってそれぞれ誕生してきたが、日本の代々の王朝は万世一系で引き継がれてきたとするのが、歴史の常識であった。
一歩譲って歴史の常識を是としても、江戸時代以前と明治以降の日本が同じ日本であることは絶対に是とは言えない。
支配する者も支配される者もまったく違う人種で構成される同じ国など起こり得ないからだ。
国家というものの基本構造は、支配する者と支配される者との二層構造であり、支配する者は永遠に支配するため、支配される者も永遠に支配されるために、世襲・相続という差別制度を基本概念としている。
民主主義国家など絶対にあり得ない。
国民を主人とする国家など絶対にあり得ない。
圧倒的多数を誇る国民が主人(支配者)などになり得る訳がない。
古代、中世、近代、そして、現代と続いた文明社会を貫く常識は、被支配者は圧倒的多数を構成する者と決まっている。
圧倒的多数を構成する者が主人(支配者)になれるわけがない。
「多数決の原理」を金科玉条として守る民主主義など、絵に描いた餅に他ならない。
民主主義を実現するには、国家のない社会を先ずつくらなければならない。