(その五)追憶

藤堂頼賢は嫌な記憶を搾り出すように追っていった。

服部崇に自転車で衝突した子供は、過去数百年の間、藤堂家と微妙な力関係を維持してきたグループの総帥、中西誠の孫だった。
そのグループは、過去の歴史における藤堂家に対する恩義に敬意を表しつつ、所詮、身分の違いから生じる齟齬に矛盾を感じるという二律背反の中で力を増してきた。
一方、藤堂家は、彼らからの恩義の敬意を享受しつつ、身分の違いから生じる齟齬を解決する努力という二律背反の中で力を削ぎ落とされてきた。
圧倒的な関係が微妙な関係に変質する中で、両者は伏見という独特の土地に拘泥しながら共存共栄してきた。
そんな中で、今回の事件が起きたのである。
まさに、両者の間で一触即発の関係が数百年続いてきたが、微妙な平衡を保ちながらここまで来ただけに、如何に些細な出来事でも緊張の糸が切れてしまう危険性があった。
更に事態を悪化させたのが、服部崇という存在だった。
服部崇の実家は、太秦を拠点にする秦一族の流れを汲む家柄だった。
秦一族は平家と深い関係にある。
藤堂家も秦一族との関係はあるが、血の大半は源氏の流れを汲む。
まさに、源平合戦の様相なのだ。
藤堂頼賢の父親である藤堂高順(たかより)が、今回の事件の収拾をつけるべく、相手のグループの総帥と話し合いをしていたが、息子の藤堂頼賢の行状が問題になった。
八幡太郎義家と鎮西八郎為朝。
一方は、源氏直系の優等生であり、武家の頭領の名を縦にした源頼朝へと辿るのに対して、片方は、源氏亜流の劣等生であり、木曽義仲から九郎判官義経へと辿る両者のルーツがこの二人だ。
隔世遺伝の所為か、父の藤堂高順は優等生の八幡太郎義家の血を受け継ぎ、息子の藤堂頼賢は劣等生の鎮西八郎為朝の血を受け継いだようだ。
恵美子の母親倫子が、花若太夫として祇園の花街を仕切っていた頃の「旦はん」が藤堂高順だった。
藤堂高順は、芸妓の頂点まで上りつめた花若太夫の豊かな才能を、堅気の世界で開花させるため、敢えて、身を引いて、畑正三に引き渡した。
花若太夫も、藤堂高順の誠実な想いを理解して、敢えて、我が身を畑正三に委ねたのである。
お互いに充分承知した上の話だった。
だが、お互いの子供が、また同じような運命を辿るとは、流石に想像すらできなかった。
花若太夫が畑正三に身請けされて畑倫子になって以来、二人は顔を合わすことさえなく、20数年の歳月が過ぎた。
ところが、去年の大晦日の夜に、恵美子は、座敷の客が藤堂頼賢の父とは知らずに、中村屋で藤堂高順と出会ったのである。
そして再び、彼女が藤堂高順と顔を合わす機会は刻一刻と迫っていた。

「俺の親父と去年の大晦日に中村屋で会ったやろ?」
恵美子にとっても、あの出来事の記憶は忘却の彼方に押しやりたかった。