(その五)人間のアイデンティティー

恵美子は自分のアイデンティティーを考えて生きてきたことなど一度もなかった。
アイデンティティーとは自己の存在意義ということである。
恵美子は自分の寄って立っている場所を考えたこともなかったことに気づいたのである。
“自分は何故この世に生まれ落ちたのか?”
自己のアイデンティティーを問うことに人間の存在意義が隠されている。
人類がこのことにもっと早く気づいていれば、人間社会だけにある差別や戦争といった不条理は起こらなかっただろう。
“自分が生きている意義は一体何なのだろうか?”
使命ということである。
超拝金主義が蔓延る現代の人間社会で、自己の使命に気づいて生きている人間を見つけるのは、広漠とした砂漠の中に埋もれた一閃の貝殻を探すよりも困難である。
“凡夫は所詮そんなものだ!”
普通に生きてきた我々はそう信じてきた。
“それが当たり前だ”
そう信じて生きてきた。
ならば、どうしていまだに戦争がなくならないのだろうか。
ならば、どうしていまだに差別がなくならないのだろうか。
こんな問いかけを、我々はいままでしたことがあるだろうか。
“差別や戦争は絶対よくないことだ!”
我々人間は頭ではそう思っている。
だが、身体の髄までそう思っているのだろうか。
そうだとするなら、絶対に差別などしないであろう。
そうだとするなら、絶対に戦争などしないであろう。
もっと大事なものを隠し持っているからだ。
それが使命だ。
使命を見つけられないから、差別や戦争といった不条理を人間は繰り返すのだ。
“自分が生きている意義は一体何なのだろうか?”
“自分は何故この世に生まれ落ちたのか?”
自己のアイデンティティーを問うことに人間の存在意義が隠されていたのである。
恵美子は自分のアイデンティティーについて考え始めたのだ。