(その五)ドラマの開始

「鴨川をどり」の打ち合わせがいよいよ始まった。
話題の焦点は当然のことながら、「日本誕生」の舞踊劇に集まった。
恵美子には既に台本が渡されていたが、鹿ヶ谷哲夫のアドバイスで、まだ目を通していなかった。
その理由は明快だ。
脚本を書いたのは、他ならぬ鹿ヶ谷哲夫だったからだ。
彼女が鹿ヶ谷邸を訪問したのは、そんな事実をまったく知らない中でのことであり、鹿ヶ谷哲夫もそのことを重々承知していた上で、明治維新が、新しい日本誕生劇であったことを教えたのである。
「台本は本番直前に目を通すだけでいいだろう」
「すべては、お前さんの想うままにやればいい」
「ただ、草薙の剣だけは、事前にチェックしておいた方がいいだろう」
今までの鹿ヶ谷哲夫の話から想像すれば、本物の草薙の剣が名古屋の熱田神宮から運ばれてくるはずだ。
恵美子は確信していた。
ただ、鹿ヶ谷哲夫から念を押されていたことがあることを、恵美子は思い出した。
「ああ、そうや、『ヤマタノオロチ』の話を読んどかなあかんかったわ・・・」
鹿ヶ谷哲夫が書き下ろした『ヤマタノオロチ』の原作を、彼女は渡されていた。
輪違屋の控えの部屋で、恵美子は夢中で読みだした。
【紀元111年、扶余一族の血を引いた布都(フツ)は息子の布都斯(フツシ)を伴って倭人の住む出雲に向かって帆を上げていた。
扶余一族の放浪生活に嫌気がさしたフツは、妻のヒルメが扶余一族の王である李生成に姦し殺されたのがきっかけで高句麗の都ピョンヤンから息子フツシを連れて脱出したのだ。
李生成は倭人の住む出雲を支配下に置いていた。その総督として彼の28人の子供の中、8人の兄弟を出雲に派遣して、統治させていた。
李生成は、残忍で精力が絶倫であるため、常に慰めの女を侍らせていた。身内や家来の妻でも、見境なく手をつける。
その血を引いた、8人の兄弟も出雲で同じことをやっていた。
フツが敢えて李生成の息子のいる出雲に向かった理由のひとつは、殺された妻の復讐を果たさんがためであった。
出雲では李生成の8人兄弟のことをヤマタのオロチと呼んでいた。
八つの頭と八つの尻尾を持つ蛇のことをヤマタのオロチと言うからだ。
彼らは、出雲の民から綺麗な娘を差し出させては慰めの相手をさせていた。
毎夜、ヤマタのオロチの餌食になる娘の悲鳴が響き渡る地獄の世界が出雲であった。
酒と女に溺れるヤマタのオロチは、その名の通り、悪魔の蛇で、出雲の民は蛇に睨まれた蛙そのものであった。
フツ・フツシ親子は、その出雲に乗りこんだ。ヤマタのオロチの親である李生成に復讐するために。
宍道湖に入ったフツ親子を、出雲の民の長である奇(クシ)が出迎えた。
「しばらくの間は、我が館に潜んで下され」とクシがフツ親子に言うと、
「ヤマタのオロチは相変わらずの悪行を続けておるのか?」とフツシが訊ねた。
「ますます、ひどくなってきております」とクシが答えた。
「親父どの、如何なされますか?」と訊くフツシに、フツは腰に下げた剣を与えて言った。
「フツシよ。この地をお前の王国にして、民の平和を守ってやるがよい。その為に、この十束(とぐさ)の剣を与える」
クシはその親子の姿を見て、
『このフツシ様を出雲の王として仕えて行こう!』と心に決めた。
フツ・フツシが扶余一族から倭の出雲一族になったのだ。
ヤマタのオロチ兄弟の本名は、上からイガ、ガガ、ヤガ、フガ、キガ、アガ、エガ、ズガと言う。
彼らの共通点は酒と女に目がないことだ。
だが、それ以外の点ではまったく違った性格と特徴を持っていた。
イガは情緒不安定で、いい時は優しい面が出るが、ひとたび切れると残忍そのものになる。李生成はイガの残忍さを知り抜いて、今までにも新羅や百済との戦でイガを大将にして勝ち抜いてきた。
ガガは、まったく目立たない地味な性格で、何を考えているか李生成ですら分からなかった。しかし、その目の奥に潜む残忍性は返って不気味であった。
ヤガは、ガガと正反対で、賑やかそのもので、黙っていることが苦痛らしく、しょっちゅう喋っていて、思ったことはすぐ口に出す。
フガはお人よしで、酒と女好きを除けば善人だが、酒と女になると人格がなくなってしまう。
キガは変人だ。いつも妄想に取り憑かれていて、李生成の後を継ぐのは自分だと大口を叩くが、いざ行動となるとまったく体が動かない、頭でっかちの男だ。
アガは完全な二重人格者だ。言っていることと、やっていることが支離滅裂だ。完全に精神障害をきたしている。
エガが8人の中で、一番狡猾で身勝手な男で、いつも自分の利ばかりしか考えられない男だ。
ズガが末子だが、やはり末子相続の慣習の一族だけに、何事にも優れているし、リーダーシップを発揮する。一番恐ろしい男だ。
フツはヤマタのオロチに知られているから、フツシが彼らの様子を伺いに行くことになった。
クシがフツシを引き連れて挨拶にいくことになった。
「クシよ。今日は酒か女かと思ったら、若い男ではないか。何者だ、こ奴は?」ズガが大きな声で、いかにも自分が一番偉いと鼓舞しているかの振る舞いで言った。
「はい、ズガ様。ここにいますは我が姫イナダの許嫁で、フツシと申します。本日はみなさまにご挨拶をと参上致しました」淡々と喋るクシに他の兄弟たちが、貪欲な顔立ちで睨んでいた。
彼らにとって許嫁と聞くだけで、欲望が湧いてくるのだ。他人の女を寝取ることが無上の快感であるらしい。
「フツシと申したな。お前はどこの国から参ったのか?」とイガが尋ねたが、フツシは黙って答えなかった。
「はい、イガさま。フツシは伊吹の山の出でございます」とクシが代わりに答えた。
それが余計イガには気に入らなかったらしい。
「伊吹の山の者であれば、トビの術を心得ておるはずだ。ここで披露せよ」とフツシに向かって命令口調で言った。
気の強さではフツシは誰にもひけをとらない。
「トビの術は一人で披露できませぬ。相手が要ります」とフツシは答えた。
「それなら、わしが相手しよう」とイガが長子の威厳を示そうとした。
トビの術とは忍びの術だが、それは遥か後のことで、当時の狩猟時代には、獣相手の素手の闘技であった。
フツシもイガも扶余族だから体格は六尺をゆうに超える。横にいたクシなどは五尺にも満たない。
イガも自信たっぷりにフツシの前に立ちふさがった。
頭も切れるフツシは自分の方から仕掛けようとはしないで、相手の出方を待っていた。
イガがフツシの胸ぐらを掴まえようと右腕を伸ばした、その瞬間フツシの左手が、伸びてきた腕の内側をすっと通ってイガの右肩を掴み、思いきり引き下ろした。
フツシの強力な腕力でイガは前にのめった。
そして、その後は何が起こったか誰も分からない程の一瞬でイガは口から泡をふいて気を失っていた。
他のオロチたちはフツシに、飛びかかろうとしたが、ズガが一喝した。
「手を出すな!」と言って、フツシに向かって笑った。
「フツシとやら。いつかお前とは雌雄を決する時が来そうだな」
フツシも思った。
『このズガがヤマタのオロチの頭だな・・・』
唐王朝が中国歴史の中で最も隆盛を極めたのは、高句麗を傘下に治めたからである。
元朝が最大の勢力範囲を広げることが出来たのも、高句麗の流れを汲んだ高麗を傘下に置いたからである。
高句麗と同じ扶余族の百済は、663年に白村江(はくすきのえ)の戦いで、天智朝と連合した結果、新羅・唐連合に敗れ滅亡した。
高句麗も、唐と連合した新羅に滅ぼされるが、末裔の高麗が918年に新羅を滅ぼし、936年朝鮮半島を統一した。
そして1392年、明の朱元樟に滅ぼされるまで、高麗は元の傘下で朝鮮半島を支配していた。
唐、元、明は常に高句麗・高麗をその傘下におくことで、大王朝を維持していたのだ。
その理由は、高句麗・高麗の鉄を利用したからで、その高句麗・高麗は出雲から鉄を入手していた。
その出雲を支配して、鉄器を高句麗に送っていたのがヤマタのオロチで、当時の倭国で出雲は最重点戦略地域だったのだ。
銅製武器しか持っていなかった九州や四国、畿内を本拠地にしていた農耕型民族である弥生人にとって、気候的には決して恵まれた地域ではなかったが、鉄鉱石の産地であることで、鉄器を持つ出雲狩猟型民族は脅威であった。
紀元前後の日本は、まだ統一された国家ではなく、地域毎に民族の違う、多民族国家であった。
農耕型民族である弥生人の間では、食料の蓄積が可能なことから貧富の差ができ、支配階級と非支配階級に区分けされ、支配階級が大きな力を持つに至り、国家としての基本形態へと進化していった。つまりゲマインシャフトからゲゼルシャフトに移行出来たのに対して、狩猟型民族である縄文人の食料が熊や鹿といった備蓄の利かないものだったため、必然的に平等社会の形態、つまりゲマインシャフト共同社会から抜け出せなかった。しかし、戦をさせたら縄文人の方が腕力があって強い。鉄器を持つ出雲人は更に強力になる。
出雲が最重点戦略地域であったのは、こういった理由からである。
この現象は、人間という腕力的には最も弱い動物でありながら、腕力の強い他の動物を、その支配下においていった歴史に象徴される。
村落集合体から国家に進化していく過程が、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行であり、支配集中権力と個別腕力(暴力)のパラドキシカルな関係となるのである。
しかし、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行の狭間であった当時は、出雲を制した者が、日本の支配者になれる最大の要件であった。
ヤマタのオロチの切り札はここにあったのだ。
だが、酒と女に溺れたヤマタのオロチは、人間的ではあったが、支配勢力の拡大にとって一番大事なことに気づかなかった。
出雲にやって来たフツシは、このことに気づいていた。】