(その五)人生のサイクル

使命を何気なく感じ取っていた恵美子だが、鹿ヶ谷哲夫の明治維新後の「新日本誕生」の秘話を聞くことによって、自分の身体が大きく変わっていくのを自覚したと同時に、鹿ヶ谷哲夫に教えてもらったことだが、肉体の変身が精神の変身を齎す真実を体感したことだ。
榊原温泉での体験がまさしくそのことが真実であることの証明だったのである。
榊原温泉での体験がなければ、彼女が今年の「鴨川をどり」で「日本誕生」の舞踊劇に出演することはなかっただろう。
況んや、ヤマトタケルノミコトを演じることなど・・・。
恵美子は生来消極的な性格だ。
何事にも引っ込み思案で、人前で喋るのが大嫌いときている。
職人気質の性格とも言える。
本人も子供の頃から自分の気質に気づいていたようで、こつこつと自分の殻に閉じこもってする仕事が好きだった。
長兄の亨が大学に入学した時に、母親の倫子に自分の将来について告白したことがあった。
「お母はん、うち、小間物づくりが好きやから、大学行くんやったら家政科に行きたい!」
この一言が恵美子のその後の人生を大きく変えていった。
恵美子を大学などに進学させるつもりが端からなかったのは、母親の倫子ではなく、父親の正三だった。
畑家の家訓がそうさせたのである。
正三の意を酌んだ倫子が敵役を買って出たのだが、その後の恵美子の人生にとって母親の倫子の存在は大きな重石となっていくことになった。
恵美子の純粋な夢を、母親の倫子は無残にも打ち砕いた。
「あんたは大学なんかに行かんでいいんどす!」
二人の兄が受験勉強に頑張っているのを支援している母親の姿に好感を持っていたのに、恵美子には合点が行かなかった。
「あんたは、舞妓になるんどす!」
14才の恵美子に人生初の転機がやって来たのである。
7年前の出来事だ。
21才になった恵美子が今再び人生の転機を迎えているように。
倫子の言葉が恵美子の一生に烙印を押してしまった。
熱く燃えたぎった焼印は、牛や馬の一生を決定するだけではない。
人間の一生をも、社会から押された烙印によって、決定されてしまう。
烙印を押す社会の代表者が両親であり、学校の先生であり、家に土足で踏みこんだ坊主である。
親から、先生から、坊主から、「お前の一生は、この焼印によって決定されたんだ!わがままは許されないんだよ!」
母親の倫子から決定的な烙印を押されたような絶望感を抱いた恵美子は、その時以来、潜在意識下で倫子を憎むようになった。
人の一生の中で、21才から28才までの人生が最も楽しい時期なのに、恵美子にとっては最も厳しい時期になってしまった。