(その五)日本建国の謎

「さあ、はやく奥に入って!」
恵美子の様子の変化を察した澄江が機転を利かした。
鹿ヶ谷哲夫がいる居間に恵美子は久しぶりに立った。
「すんまへん、畑恵美子どすが・・・」
「どうぞ」
ドスの利いた声に彼女は一瞬後ずさりしたが、思い直して、恵美子は中腰になって右手で障子を開いた。
鹿ヶ谷哲夫は、着物姿の背中を見せて正座して、机に向かって筆を走らせていた。
「おじゃまします」
右足から障子の桟を跨ぐと、背中を回転させて恵美子に対峙した鹿ヶ谷哲夫の手には一枚の半紙が掲げられていた。
半紙には「倭建命」と書いてあった。
「読んでみなさい」
「ヤマトタケルノミコトです」
鹿ヶ谷哲夫は、座机の上に置いてあったもう一枚の半紙を手に取って、恵美子に差しだした。
「読んでみなさい」
もう一枚の半紙には、「日本武尊」と書いてあった。
「ヤマトタケルノミコトです」
「さすがに、『都をどり』の『日本誕生』の舞踊劇でヤマトタケルノミコトを演じるだけによく勉強しているね」
「やはり、読むより、書く方が10倍にも100倍にも身につくように、観劇するより出演する方が10倍にも100倍にも身につくようだ」
ほんの一ヶ月前には、まるで読めなかった難しい字を今では読めるように、恵美子はなっていた。
「ヤマトタケルノミコトは日本という国の高祖だと言われているから、『倭建命』だとか、『日本武尊』と呼ばれているのだ」
「『倭建命』は『倭』つまり、日本の国を建設した神さまだということだし、『日本武尊』も、『日本』を武力で治めた神さまだということだ」
ヤマトタケルノミコトが日本という国を治めた武力の象徴が草薙剣であり、須佐乃男命(スサノオノミコト)が出雲で退治した八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の体の中から出てきた天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)こそが草薙剣である。
ヤマトタケルノミコトは第十三代景行天皇の長男だが天皇にはなっていないのに、何故、日本の国建国の祖だと言われているのかいまだに謎である。
長子相続は第十五代応神天皇からの因習であり、それまでは末子相続だった我が国で、天皇の長子だったヤマトタケルノミコトが何故、日本の国建国の祖だと言われているのか。
「日本の国建国の祖と天皇家との関係を明らかにすることによって、日本の帝都が平安京だけであることの証明ができるのだ」
「更に、現在の日本がヤマトタケルノミコトが建国した日本ではないことの証にもなるのだ」
「その切り札こそが、草薙剣に他ならないのだ」
障子の前に立っている恵美子に、鹿ヶ谷哲夫は諭した。
『えらい使命を背負ったもんやわ』
恵美子は身震いする境地だったが、鹿ヶ谷哲夫のその後の話を聞けば卒倒するかもしれないが、今は感動するばかりだった。