(その四)変身への道

木戸屋に腰を落ち着けた恵美子は、翌日から綾子の紹介で榊原温泉病院に通いはじめた。
暫くの間は、綾子が殆ど一日中付き切りの状態が続いた。
朝10時には病院の湯治場に入り、12時までまさに温泉漬けだ。
午後1時からは、化学療法が施される。
化学療法と言っても、アルカリ温泉の元湯を1時間に1リットル飲むだけのことで、午後4時まで3時間続けられる。
体内の垢を浄化するためで、断食療法と同じ考え方である。
断食療法は2週間の断食の間に体内の垢を根こそぎ取り除くことを主なる目的としている。
断食開始後3日目頃から、全身の皮膚の毛根から黒い垢が滲み出てきて、我が身ながら反吐が出るような気分になる。
煙草を吸っている人間ならニコチンが全身の毛根から滲み出てきて全身が真黒になり、まるで火事で丸焦げになった死体のような自分を見ることになる。
まさに、これまでの一生の垢を浄化している気分だ。
垢を浄化するには大いなる犠牲が要るのだ。
犠牲の後に大いなる悦びが得られる。
人生の妙がここにある。
断食療法なら2週間で済むが、温泉療法では3ヶ月は掛かる。
人間の身体は、2週間の断水、3ヶ月の断食に堪えられるようになっているからだ。
つまり、3ヶ月間水さえ飲めば、一切食事しなくても生きられるように、人間の身体はできている。
3ヶ月間に体内の垢を落としてしまうことができると、人間の身体は生まれ変わって、まったく違った体質になる。
温泉療法は断食療法のような荒療治ではなく、穏やかに行う治療だけに時間が掛かる。
世間の一切の柵を絶ち切って、自己変身を遂げる。
恵美子が福沢綾子を訪ねて榊原温泉までやって来たのは、自己変身のためであった。