(その四)使命とは一如

自分独りで生まれ、自分独りで生き、自分独りで死んで行くことを理解した恵美子は、使命をも見出すことができた。
超えた人間は、全体感に戻る。
理解した人間は、全体感に戻る。
『うちの使命って何やろか?』
今まで一度も考えなかった想いで、恵美子は至福の境地に浸っていた。
『藤堂はんと一緒の人生を歩むことなんや!』
一緒の人生とは、物理的な一緒ではない。
一緒の人生とは、精神的な一緒でもない。
『うちは、今何処にいるんやろ?』
『うちは、何時ここにいるんやろ?』
何処と何時という疑問が湧く。
疑問が、過去・現在・未来に想いを馳せさせる張本人である。
今とここが確信の中にある。
確信が、『今、ここ』を生きさせる支持者である。
何処と何時という疑問を落とすことだ。
何処と何時という疑いを剥がすことだ。
何という疑問符を落とすことだ。
Who(誰が)という疑問符を落とすことだ。
What(何を)という疑問符を落とすことだ。
When(何時)という疑問符を落とすことだ。
Where(何処)という疑問符を落とすことだ。
Why(何故)という疑問符を落とすことだ。
如何にという方法論を浮かび上げることだ。
How(如何)という方法論を浮かび上げることだ。
「何」は過去・現在・未来に想いを馳せさせる張本人に他ならない。
「如何」は『今、ここ』を生きさせる支持者に他ならない。
自分独りで生まれ、自分独りで生き、自分独りで死んで行く、自分一如でなければならないのだ。
『うちは、「鴨川踊り」のために帰ってきたんや!』
恵美子は己の使命にやっと気づいた。