(その四)悟りの第一歩

世間は想い通りには行かない。
映画を鑑賞している者が映画のシナリオを無理やり変えようとするようなものである。
映画のシナリオ、つまり、人生のドラマを想い通りに変えようとするなら、映画監督になるしかない。
人生のドラマを自分の想い通りにするには、人生の監督になるしか方法はない。
監督の監督たる所以は、感情移入しないで徹底した客観視する能力があるかどうかだ。
映画の監督になれる最大の資質は、映画に対して感情移入しないで、映画に対して徹底した客観視する能力があるかどうかだ。
人生の監督になれる最大の資質は、人生に対して感情移入しないで、人生に対して徹底した客観視する能力があるかどうかだ。
想い通りに行かない人生を送るのは、人生に対して感情移入するからだ。
つまり、一喜一憂する人生を送るからだ。
想い通りに行ける人生を送るには、人生に対して感情移入しないことだ。
つまり、一喜一憂しない人生を送ることだ。
一喜一憂する人生とは、選り好みの人生だ。
一喜一憂しない人生とは、受け入れる人生だ。
想い通りに行かない世間とは、選り好みの世界だからだ。
畢竟、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の人生とは、選り好みの人生に他ならない。
畢竟、受け要れる人生を送れば、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖から解放される。
選り好みをするとは、過去や未来に想いを馳せることである。
勇気を発露できないからだ。
受け入れるとは、『今、ここ』を生き切ることである。
勇気を発露できた結果だ。
では、勇気はどうすれば発露できるか。
日々の継続の努力しかない。
勇気は努力の結果だ。
努力が勇気を生む。
努力とは、女の又の力だ。
勇気とは、女性の専売特許だったのだ。
男性の専売特許は度胸だったのだ。
男性と女性が恋愛に陥るのは、勇気と度胸が合わされば鬼に金棒になれるからである。
鬼に金棒の産物が、子供を産むことに他ならない。
恵美子は、何かを悟った。
だが、鬼に金棒になるには、度胸のある男が要る。
だが、その前に、自分が勇気のある女にならなければならない。
榊原温泉での数ヶ月間は、その第一歩だったのである。