(その四)理解の偉大さ

藤堂頼賢の手の温もりが恵美子の肩を愛惜む。
「ちょっと痩せたなあ!」
『さすがに鋭い!』と恵美子は思った。
榊原温泉病院での断食療法は後の処理が難しい。
断食するより、断食から普段の食事に戻す時が最も神経を使うらしい。
断食から普段の食事に戻す時に失敗して死んだ人間は山といる。
空腹感の欲望に負けて、盗み食いしたバナナ一本の栄養分で肝臓が破裂してしまった事件もある。
恵美子は減量した体重をじっくり時間を掛けて戻したから、却って、贅肉は取り除かれ、つくべき所には充分ついた、以前にも増して、女らしい肉体になっていたが、藤堂頼賢の触れた肩はまさしく手弱女の肩に変身していたからだ。
「もう五ヶ月は過ぎているはずやのに・・・」
藤堂頼賢はそこで止めてしまった。
「そうか、そのためやったんか!」
藤堂頼賢はやっと理解できたらしい。
「誤解せんといておくれやす・・・うちは・・・うちは藤堂はんとの人生を歩きたいんどす・・・子供に邪魔されたくないんどす」
男にとって、特に、手強男にとって、これほどの殺し文句はないだろう。
だが、恵美子にとっては嘘偽りのない本音だった。
澄江の身の上話を聞いて、恵美子はある意味で悟った。
「それより、まだ鹿ヶ谷にいやはるんどすか?」
恵美子は純粋な気持ちで訊ねた。
藤堂頼賢は黙って頷いた。
ふたりはふたつの千手観音像になったようだった。
まだ九百九十九の表情の千手観音像がふたりの後ろに控えている。
「藤堂はんは、藤堂はんのお好きな道を行きはったらいいどすえ」
「うちも、うちの好きな道を歩きとうおす」
「それぞれが自分の好きな道を行く中で、お互い相手のことを愛しく想えるのが、ほんまどっしゃろ?」
「うちにとっていちばんいやなんは、藤堂はんへのうちの想いが鈍感になること・・・」
「うちにとっていちばんいやなんは、藤堂はんのうちへの想いが鈍感になること・・・」
「どんなつらいことが人生に起こっても、相手への想いがいつも敏感であること・・・」
他人を愛しく想うとは、相手への想いが敏感であることに他ならない。
緊張状態にあると言った方がいいかもしれない。
緊張状態にあるということは、『今、ここ』にいることに他ならない。
安心状態にあるということは、『今、ここ』におらず、過去若しくは未来に想いを馳せていることに他ならない。
結婚をするということは、未来への保証に他ならない。
婚姻届けを出すということは、未来への保証に他ならない。
婚姻届けとは、まさに、不渡り手形の発行に他ならない。
未来への保証、安心を買うというまったく狂気じみた行為に他ならない。
最後に「死」という問題が待ち受けているのにだ。
藤堂頼賢は恵美子の想いが痛いほど理解できた。