(その三)新しい絆

藤堂頼賢は鹿ヶ谷哲夫の家に逗留することになった。
二人の事情を聞いた鹿ヶ谷哲夫は恵美子にも逗留を薦めたが、無理強いは敢えてしなかった。
「澄江が喜ぶだろうに・・・・」
鹿ヶ谷哲夫の因を含めた言い方に恵美子は一瞬躊躇したが、何とか思い止まった。
二十二年間という彼女のこれまでの短い人生劇場の中で、こんな衝撃の場面は一度も経験したことがなかっただけに、出来ればもっと踏み止まりたい場面であったが、祇園という花柳界に身を置く誇りと責任感が彼女を思い止まらせたのである。
映画でも舞台でも場面が変わるのは、劇(ドラマ)の節目に差し掛かった時か、時空を超えたタイムトンネルに突入する場合と相場が決まっている。
夢が映画とまったく同じメカニズムでできている気づきのヒントが、カット場面に隠されている。
時空を超えたタイムトンネルに昼間目が覚めている場面で気づくのはほぼ不可能だが、夜間夢を観ている場面では夜常茶飯事だ。
会ったこともない人間と会ったことのある人間がコンテンポラリーに出会うことが可能なのは夢の中だけである。
過ぎ去った過去の出来事を映画の中でフラッシュ・バックするカット・バックが可能なら、未だ来ぬ未来の出来事をフラッシュ・フォワードするカット・フォワードも可能なのが夢の中だ。
恵美子は自己の映画をカットしたかったが、彼女の熱意をも粉々に粉砕してしまうほど、1200年の京の伝統と祇園の慣習は厳格なのだ。
「えらいすんまへん・・・」
恵美子の一礼した上半身は「あの人」に向いていても、視線は澄江の方に発せられていた。
屈託の無い表情を絶やさない澄江も、さすがにこの瞬間(とき)だけは失望の色を隠さなかった。
「なんか恵美子はんて、妹みたいな気にさせはりますな」
二人の兄の後の末娘として生まれ育った恵美子が求めてきたのが、姉妹の情であり、特に姉の優しさを渇望してきただけに、澄江が吐いた「妹」という言葉が、鹿ヶ谷哲夫の印象的な言葉、「家族とは、エゴの集まりに過ぎないのだ。国家がエゴの集まりのように、会社がエゴの集まりのように・・・」と相俟って、恵美子の心を揺り動かした。
『血の繋がった家族の絆と、心の繋がった人たちとの絆やったら、一体どっちの方がしっかりしてるんやろ?』
糸偏に半という旁の「絆」という字は、実に象徴的だ。
半分の糸で心の疎通を図れる間柄にはじめて「絆(きずな)」が生じるというわけである。
「絆(きずな)」という言葉には、余裕(ゆとり)が感じられる。
暇する姿勢のままで硬直してしまった恵美子に、鹿ヶ谷哲夫のダメ押しの言葉が、その直後に投げかけられたのである。