(その三)変節と変貌の葛藤

「聡兄さん、恵美子どす。ちょっと入ってよろしおすか?」
廊下から、障子越しに声をかけてみた。
「ああ、恵美子か。入ってええで」
声の調子がしっかりしている。
腑抜け状態になっていた時と打って変わって、部屋も整理整頓されていて、一見、正常な人間の部屋のように見えたが、恵美子はまだ警戒心を解くことはしなかった。
「アルバイトに精を出してはるそうどすな?」
恵美子からジャブを出してみた。
相手が自分のジャブに対してどんな反応を示すかで、すべてはわかる。
恵美子は以前の恵美子でなくなっていた。
「いや、ほんまは就職活動せなあかんのやけど、京都大学の哲学科出身となると、ほとんど就職口がないんや。そやから、取り敢えずアルバイトを呼び水にしよう思うてなあ・・・」
聡は雄弁に語りはじめた。
学生運動華やかなりし頃、京都大学は学生運動の巣窟と看做され、保守的な大企業から徹底的に毛嫌いされた。
その名残が今でもあると言う。
安田講堂事件があっても、その後の就職活動に何のハンディーキャップもなかった東京大学との大きな違いに、大学のみならず、京都府民は義憤に燃えた。
嘗て、東京と大阪が東西横綱と並び称せられた時期があったが、今では大阪は西の横綱を滑り落ち、大関、関脇、小結を通り越し、前頭筆頭程度の番付にいるのに対して、逆に以前は前頭筆頭程度だった横浜が大関にまで昇進した。
まさに、東西文化の時代なのだ。
東西文化は、東が正で、西が張出しなのだ。
そんな東西文化の中で、京都だけが超然としてきた。
幕末の維新革命と同じ様相を呈してきたのだろう。
聡の口調は極めて冷静で、興奮した様子はまったくない。
「そうどすか。ほんなら、ようきばってはんねんや」
恵美子は差し障りのない言葉を選んで言ってから、部屋を出ようとした、その瞬間(とき)、強烈な視線を背中に感じた。
それは殺意に似た視線だった。
『やっぱり、変節したままやったわ!』
恵美子は急いで廊下に出て障子を締めた。
廊下に立って縁側に目をやった瞬間(とき)、潜在意識にあった恐怖の視線の記憶が顕在意識にまで上がってきたのだ。
恵美子が16才の夏の日に感じた視線だった。
彼女が縁側で沐浴をしていた時に微かに感じた視線だ。
『あの時、聡兄さんが見てたんや!』
「恵美子!お前が欲しいんや!」
恵美子の身体の上に覆い被さって、聡が叫んだ。
「やめて!聡兄さん!」
「ああああ!」
恵美子は、聡の殺意にも似た視線の正体をやっと知ったのである。