(その三)変貌

恵美子は久しぶりに東山の実家に帰った。
鹿ヶ谷哲夫から多大なる影響を受けた彼女の内面は以前とまるで違っていたが、畑家の男連中はそんな彼女の変化をまったく察知できない程、意識が眠っているように、今では余計に思われた。
しかし、流石に同じ女である母親の倫子だけは、恵美子の変化を察知していたようだった。
倫子の話によると、藤堂頼賢との二度に亘る会見で腑抜け状態になっていた聡は、大学にも行かずにアルバイトに精を出すことで気分転換を図っていたらしい。
「そやけど、聡兄さん、四年生でっしゃろ・・・就職活動したはるんやろか・・・?」
差し障りのない話題で以って聡の様子を倫子から聞き出そうとしたが、聡が腑抜け状態になった理由(わけ)を、倫子は知っていた。
「あんたに酷いこと言われて、あの子は半狂乱状態になったんどっしゃろ?あの子は、以前からあんたに対して妹以上の感情で接してやったはったもんなぁ・・」
『妹以上の感情』
倫子が言ったこの言葉が如何ほどの意味深なのか、以前の恵美子なら推し測ることは土台無理な話だったが、今は不思議に手に取るようにわかるのだった。
内面のちょっとした変化が外面に大きな変化を齎すが、外面の変化が内面の変化に影響を与えるとは決して限らない。
それは、恵美子と聡の変化が如実に証明している。
倫子にとっては唯一最大の関心事は、恵美子のお腹の子の処理問題だけであったことを、恵美子は重々承知していた。
「うちの体のことは、もうぜんぶ済ませましたから、お母はん、もう心配せんといて・・・」
倫子の表情が途端に明るくなった。
倫子といえども、所詮、人の子だ。
内面のちょっとの変化が、外面に大きく表われる。
「ほんなら、しばらく間を置いているあいだにどすか?」
恵美子は敢えて無言で肯いた。
そんな冷静になれる自分に有頂天になっている別の自分がいる。
『至福の境地って、こんなもんやろか・・・?』
巨大な存在感を発揮していた倫子が、今では少なくとも自分と等身大に、寧ろ、自分よりも卑小な存在になっている感覚をびんびん感じるのだった。
人間という物体における大小の違いは、精々、30cmどまりだ。
150cmの手弱女にとって180cmの大男は巨大に見えるが、所詮30cmの違いだけだ。
だが、内面の大きさは、数倍、時には、数十倍、数百倍・・・無限の差が生じることを凡夫は理解していない。
相手の存在が卑小に見えたり、巨大に見えたりするのは、一重に己の内面の大きさを表わしているのである。
それだけ、恵美子は大きく変貌したのである。