(その三)真実の男と女

藤堂頼賢の詠った詩(うた)は、多くの示唆に富んだものだった。
彼と同じ年代の青年には到底理解できないものに違いないが、女性なら理解できる可能性はある。
況してや、恵美子なら。。。
藤堂頼賢はそこに賭けた。
鹿ヶ谷哲夫に引き合わせたのも、恵美子にそれだけの資質があるからだと信じたからである。
藤堂頼賢の詩(うた)を鹿ヶ谷哲夫は黙って聞き入っていた。
澄江も黙って聞いていたが、同じ女の性なのか、それとも妹のような気持ちにさせた恵美子に人としての情に絆されたのか、本心は澄江自身の胸の内だが、彼女は自身の半生の追憶を披露してみせた。
それは、父親の鹿ヶ谷哲夫にとってもはじめて聞く話だった。
「うちもまだ恵美子はんと同じ年頃の時に、好きになった男はんがいましたんや。
大学を卒業したうちは、京都の烏丸五条の近くにある大きな呉服問屋に勤めることになったんどす。
父は家で自分の世話をするよう、うちに期待してはったことは知ってたんやけど、父から離れたかったんどすな・・・。
呉服問屋の松村社長さんの秘書として働きはじめたうちは、その息子はんで、将来社長を約束されていた長男の博はんを好きになってしもうたんどすけど、博はんには奥さんと二人のお子さんがいはったんやわ。
あってはならへん関係なことはわかってても、どうにもならへんのが男はんと女の間どすな。
うちは博はんのお子をお腹に宿したことがあったけど・・・・。
そら、好きな男はんの子を産みたい女心はあったけど・・・・。
その会社は博はんが継いだ後、お父はんが亡くなり、弟はんと骨肉の争いをしやはって、結局、倒産してもうて、みんな夜逃げしてしまわはった・・・」
「それっきりどすか?」
恵美子は聞かずにいられなかった。
「あれから20年近い歳月が過ぎましたけどな、うちは今でも博はんのこと好きやし、博はんもうちのこと好いてくれてはる・・・」
「その男はんのご家族は?」
恵美子の質問に澄江は平然と答えた。
「そのままどすえ・・・」
恵美子は父親としての鹿ヶ谷哲夫の反応に見入ったが、彼はまるで無表情のままだ。
無表情を装っていると思ったが、どうやらそうでもない。
「父親として、どう思われますか?」
鹿ヶ谷哲夫は自然な表情で笑いながら、恵美子の問いかけに答えた。
「父娘であろうと、それぞれの人生だ。
自分の人生は自分で責任を取るしかないのだから、自分の自由にするのが当たり前だ。
澄江が幸福な人生を送ろうが、不幸な人生を送ろうが、それは澄江自身の人生だし、不幸ばかりの人生などないし、況してや、幸福ばかりの人生などあろうはずがないのは、既にあなたに話した通りだ」
そして、鹿ヶ谷哲夫は決定的な言葉をその後に言った。
「大きな幸福を望むなら、大きな不幸を覚悟しなければならない。
小さな不幸で済ましたいなら、小さな幸福で満足しなければならない。
大きな幸福と小さな不幸を望むなど凡そ不可能であることを、人間は知らなければならない」
恵美子は、藤堂頼賢の詩(うた)の意味を理解できたような気持ちになり、「澄江はん、おおきに・・・・」と礼を言いながら、澄江が本当の姉のように思えた。