(その二)変わった門出

哲学の道から東山連峰の麓一帯の中に御所ノ段町がある。
御所ノ段町に邸を構えている人物の名は鹿ヶ谷哲夫という。
「あの人」の正体である。
場所の名が示す通り、元々は歴代の帝の別邸があった場所だ。
125代も続く天皇家であるが、十把一絡げの天皇の方が圧倒的に多い。
そもそも125代も続く家系などあり得ない。
国宝に指定されていて八十三代続いている海部家の系図の中で皇祖神とされている彦火明命などは神話の世界の人間だ。
歴代天皇の墓である御陵が如実に示している。
伏見区深草坊町にある「深草北陵」通称「法華堂」などは、第八十九代後深草天皇を筆頭に、第九十二代伏見天皇、第九十三代後伏見天皇、北朝四代後光厳天皇、北朝五代後円融天皇、第百代後小松天皇、第百一代称光天皇、第百三代後土御門天皇、第百四代後柏原天皇、第百五代後奈良天皇、第百六代正親町天皇、第百七代後陽成天皇までが、まさに十二把一絡げの天皇たちを祀っている陵墓だ。
もっと酷いのは、その直後の第百八代後水尾天皇から第百十八代後桃園天皇までの十一把一絡げの天皇たちの御陵は東山の今熊野にある「月輪陵」であり、第百十九代光格天皇から第百二十一代孝明天皇までが「月輪陵」と同じ場所にある「後月輪陵」であるのに対して、第百二十二代明治天皇の広大な「桃山御陵」が同じ伏見にあるのは解せない話である。
何故、広大な「桃山御陵」に祀られている明治天皇の父君である孝明天皇の御陵が十四把一絡げの天皇陵なのか。
その秘密を知り尽くしているのが、「あの人」こそ鹿ヶ谷哲夫だ。
恵美子は自分の体の中に途轍もない血が混じっていることなど知る由もなく、ただ、藤堂頼賢に随いてきただけである。
「哲学の道」はまだ花見シーズンではなかったが観光客で賑わっていた。
「人は人吾は吾也とにかくに吾行く道を吾は行くなり」
訳のわからない碑文だ。
西田幾多郎の石碑を尻目に二人は「哲学の道」を横切って山道に入って行った。
「ちょっと坂道になるけど大丈夫か?」
藤堂頼賢がどういう意味で吐いた言葉なのか、そんなことは恵美子にはどうでもよかった。
自分の体調のことを気遣っている彼の気持ちだけで嬉しかった。
それが女の性だ。
「ええ、大丈夫おす!」
健気に返事する女が無性に可愛いらしく思う。
それが男気だ。
「俺は今日から『あの人』の家で暮らすけど、お前もよかったらどうや?別に無理強いはせえへんけど・・・」
「いえ!それはできまへん!」
恵美子は藤堂頼賢のいつもの独り善がりの判断ではないかと訝ったが、何れにしてもそれは出来ない相談だったので即答した。
「そうか、それはもったいなかったな・・・」
藤堂頼賢は決して追求をしないのに、余韻を残すような発言に恵美子は一瞬戸惑った。
『どういう意味やろ?』
歩きながら考えているうちに、鬱蒼とした竹林の中から、「鹿ヶ谷」家の門が見えてきたら、そんな考えも吹っ飛んでしまった。
『こんな邸が町の中にあるなんて・・・』
見上げる恵美子を尻目に藤堂頼賢は門を潜っていった。