(その二)表札の謎

「この辺は伏見云うように、複雑な土地でな・・・」
恵美子の心情を慮った藤堂頼賢の祖父が、話題を変えてくれたのである。
「なんで伏見云うか知っておいやすか?」
傍から藤堂頼賢の祖母が助け舟を出してくれた。
「いえ知りまへん」
恵美子もやっと緊張の糸が全部解れて、自分の言葉で喋ることができたようである。
「この辺の人は、みんな伏せて見ることしかでけへんぐらい身分の低いことから、伏見て云われるようになったんえ・・・」
今度は祖父が助け舟を出してくれる。
「帝はんの世話をしてた連中が、この辺に住んどったのに、大閤が聚楽第を関白に譲って、伏見城を建てよったのが、不運の付きはじめやった・・・」
「聚楽第は今の二条城の辺にあったのに、なんで、わざわざ伏見にまで移ってきたんかようわからんけど、この辺の連中をこき使いよった・・・」
「あんた、石川五右衛門って聞いたことあらへん?」
横から祖母が恵美子に訊いてきた。
「大閤はんに釜茹の刑に遭うた盗賊どすか?」
そう言った直後に、恵美子は、門の「石川」の表札を思い出して、呆然とした。
「ああ!」
老夫婦は手を横に振りながら微笑んでいた。
「気にせんでええんどっせ」
祖母の言葉を引きついで、祖父が話はじめた。
「石川五右衛門が釜茹の刑に遭うた時、子供が一人おって、その子供も同じ釜茹の刑を大閤から命じられたんやが、五右衛門は子供を頭の上に担いで、助けようとしたんや・・・」
そこで、老夫婦は号泣しはじめた。
『ひょっとしたら、藤堂家はその子供の血を引いてるんやわ・・・』
恵美子は、「石川」の表札の謎が解けたような気がした。
「あんたが察した通りや・・・藤堂家は石川五右衛門の子孫やいうわけや」
話が渦中に入った時、藤堂頼賢が戻ってきた。
恵美子は服部崇のことが気になっていたが、敢えて黙っていると、祖母の方から彼に様子を訊いてくれた。
「みなはんは、収まってくれはったんどすか?」
彼の否定的な様子から、祖父が口を開いた。
「わしが、出ていこか?」
「お爺ちゃんがわざわざ出んでも、親父が何とかするやろうけど、難儀してるわ・・・」
彼の言葉で、恵美子は自分の所為で偉い騒動になっていることを悟った。
日本という国は、骨の髄まで東西問題が鬱積した国だ。
東西問題は、白黒問題ではなく、白赤問題なのだ。
だから、平氏と源氏の問題になる。
平氏が西で白だ。
源氏が東で赤だ。
東山が平氏で、西の嵐山が源氏なのは、帝から見た方だからだ。
京都では、左と右が逆さまになっている。
左京区が右にあり、右京区が左にある。
すべては、帝から見た方だからだ。
天皇家にとっては、畢竟、平氏の方に味方しているわけである。
共に、桓武平氏と清和源氏という天皇家の落胤であっても、やはり、平氏の方が大事なのだ。
武家社会と貴族社会の確執は、天下取りの問題だけではなかったのである。
親政と幕政の問題ではなかった。
日本という国の黎明期からの大きな問題だったのである。
そんな大きな問題に紛糾するとは、恵美子は想像すらできなかった。