(その二)逆さまの世界

人間にとって第一印象がすべてである。
その時だけが正しい判断ができる。
後々に生じる第二印象以降は、まるで、映像そのものだ。
人間以外の生きものは、第一印象を一生抱えて生きてゆく。
人間社会で飼い馴らされたペットの犬でも、第一印象を一生引き摺って生きていて、以降の第二印象など一切ない。
人間だけが第二印象以降がある。
第二印象以降は、印象ではなくて、映像なのである。
印象派という画家のグループが嘗てあった。
写実派と対立したグループである。
写実派が現実派であり、印象派が夢想派であったが、よくよく考えてみれば、逆さまだ。
印象派が現実派であり、写実派こそが夢想派だったのである。
現実が夢であり、夢が現実だったのである。
中国の老荘思想の荘子が、蝶々になった夢を観て、本当の自分は蝶々になった夢を観た人間ではなく、人間になった夢を観た蝶々ではないだろうかと真剣に悩んだらしいが、足で立つ正常な生き方をしている人間なら当たり前の話である。
頭で立って生きているのに、足で立って生きていると勘違いしている錯覚人間にとっては、風変わりな人間に映って見えるが、どちらが風変わりなのか。
極めて数の少ない一見風変わりな人間こそが、正常に足で立って生きている人間なのだ。
圧倒的多数の一見まともな人間が、頭で立って生きている逆さま人間だ。
逆さま人間こそが、十字架に架けられたイエス・キリストが今わの際に訴えた、“神よ、彼らは自分が何をしているのかわかっていないのです!”の逆さま人間なのだ。
世界に66億いる人間の中の24億がキリスト教を信じているという、まったく馬鹿げた話である。
日本では1%にも満たないキリスト教信者の多くが、この京都に住んでいるというのも不思議である。
この京都の伝統にも光と陰がある。
光は云わずと知れた御所である。
京都御苑の北側の中心に御所があり、その南東に仙洞御所があり、更に南東に後桜町上皇の栗田御所、そして、後白河上皇の離宮と天台宗妙法院と繋がり、更に南東に伏見がある。
光から陰へと移っていく。
そして、その間に八坂神社があり、祇園祭の鉾の出発点である。
祇園祭の鉾はノアの箱船を象徴していて、7の月の17の日にトルコのアララト山に漂着したノアとその家族とすべての番いの生きものたちは、新しい時代の出発点に立った。
酒池肉林に溺れた人類を神が総括して、新たな人間として再出発させた日が、祇園祭りの本宮である7月17日である。
奈良の平城京から京都の平安京への遷都は、まさに、新しい時代への再出発の号砲であった。
桓武天皇が政敵の怨念を鎮魂するのが遷都の狙いであったと「記紀」は伝えるが、それは所詮、歴史の光の部分だ。
歴史の陰の部分が真実なのである。
桓武天皇の遷都の場所は端から平安京にあったが、10年間の禊祓のために、長岡京をつくった。
先代天皇が崩御すると、次の天皇は即位する前に殯をする。
殯とは、“喪をあげる”が訛ったもので、特に天皇の喪をあげることを殯と呼ぶ。
桓武天皇によって為された先代光仁天皇の殯が長岡京なのである。
この陰の部分が伏見の藤堂家であった。
光と陰はまさに逆さまの世界である。