(その十六)日本の風潮

「宇都宮様のご令嬢かね?」
丸山一郎は馴れ馴れしい言葉で、倫子に話しかけた。
「宇都宮何っていう名前かね?」
才気に溢れている倫子でも、まだ15才の少女だ。
「わたしの姓は宇都宮ではありません」
まっすぐに反応した倫子の言葉を、丸山一郎も真に受けたのである。
『この子は女中なんだ!』
そうでなくてもすぐに箍が外れやすいのに、時代の世相がますますこの男の理性を手の届かない彼方に追いやってしまった。
この年には4年に一回のオリンピックが、古都ローマで開催され、水泳の山中毅が大活躍し、日本全国がオリンピックムードで盛りあがっていた真最中だった。
「今日は宇都宮様はいないんかね?」
倫子の全身を舐めるように見回しながら訊く男の心模様など、少女に分かるべくもない。
「はい、誰もいま・・・うぅ・・」
倫子が返答し終える間もなく、丸山の大きな体が、絨毯の敷かれた床に押し倒された倫子の体の上に重なっていた。
ある日、聡の火が燃え上がった。
「お前が欲しいんや!」
倫子の身体の上に覆い被さって、男が叫んだ。
「やめて!」
「ああああ!」
「やめて!やめて!・・・」
抵抗する倫子から発せられた言葉はここまでであった。
江戸時代から明治時代に移った日本は、何もかもが大きく変わった。
版籍奉還と廃藩置県によって、300以上あった藩が、当初は3府302県に分かれただけで、実質上は藩による運営が為されていたのに、明治4年には3府72県に統合されてしまった結果、藩から一生出ることがなかった一般民衆たちが、日本全国を自由自在に移住できるようになったのである。
その結果、日本人の混血化が進むと同時に、セックスに対する解放ムードが高まった。
日本の風潮の舵取り機が大きく変わったのである。