(その十六)謎の男

昭和20年5月10日。
広島県福山市東興村。
倫子は、島田大作・ハナの三女として生まれた。
倫子の祖父の宇都宮軍造は、乃木希典の片腕と云われた明治生まれの軍人だったが、乃木が明治天皇の崩御に殉じた際に、東京の赤坂にあった家を引き払って、生まれ故郷の福山に戻り、爾来、東興村の村長を勤めていた。
倫子の父の島田大作は、軍造の長女ハナに実質入り婿した人物だが、ハナが倫子を産んだ3年後に、軍造との意見の食い違いから、福山を出奔してしまい、以来、音沙汰がいっさいなくなったのである。
祖父でありながら、実質は父親の役割を負った軍造の薫陶を受けた倫子は、生来の気の強さも相俟って、彼女が15才の時には、将来、福山一の才媛になると噂されるほどの少女になっていた。
昭和35年10月某日。
ひとりの男が宇都宮家を訪れたが、生憎、軍造もハナも留守だった。
その男の名前は、円山一郎という。
留守番をしていた倫子が、男の名前をはじめて聞いたのであるが、その名前は一生忘れられないことになる。
「お茶をどうぞ」
倫子が、応接間のソファに座っている円山一郎の前に屈むようにして、お茶を出した時に、猛烈な衝撃を受けたような気がした。
男のオーラが彼女の全身に稲妻を走らせたのである。
まさに、倫子にとって、謎の男が出現したのだ。