(その十六)団塊世代の遺産

肉体的に大人に成長するのは、余ほどのことが無い限り時系列的な経過が可能にしてくれるが、精神的な成長は時系列な経過とまったく無関係である。
加齢と共に犯罪が減るわけではない人間社会であることが、そのことを証明している。
適正数を維持している間は表象しなくても、異常数になるとますます加齢と共に犯罪が増える兆候が表われているのが現代人間社会だ。
男と女の本質が正反対である。
お互いの真摯な道を進もうとすると、少なくとも物理的には離れて行くことになる。
それが、男と女の宿命なのかもしれない。
それを、無理やり結婚という形で繋ぎ止める。
燃えるような恋愛をした二人が結婚するとただの夫婦になり、いつの間にか、心の中ではお互い疎んじるようになる。
これほど不幸なことはない。
これほど惨めなことはない。
それでも、男と女は結婚しようとする。
それなら、いっそのことオスとメスのままの方が気が利いている。
悟りとは、宗教が主張するような大袈裟なものではない。
日常の生活の中の当たり前の動作に潜んでいるものである。
悟り度が加齢度に比例しない証明である。
高齢化と少子化が織り為す相対性が、人類の今後の行方を占っているのかもしれない。
高齢化と少子化は、老いぼれと餓鬼(ガキ)による反社会勢力を構築する。
極端に多い数、極端に少ない数を構成する種は必ず堕落する。
適正数が宇宙の法則なのだ。
畢竟、有機生命体が存在する地球、つまり、自然では適正数が掟なのだ。
不増不減が絶対的な掟なのだ。
増え過ぎた高齢者は老いぼれに過ぎない。
減り過ぎた子供は餓鬼(ガキ)に過ぎない。
老いぼれや餓鬼(ガキ)と言われたくなかったら、自分たちの力で適正数に戻すことだ。
団塊の世代が、高齢化社会と少子化社会を生み出したと言っても過言ではないだろう。