(その十六)デジャブ現象

榊原温泉での生活は、倫子と恵美子の人生にとって大きな収穫であった。
“大きな収穫を得るためには、大きな犠牲を強いられる”
彼女らは大きな犠牲を敢えて受け入れたことは確かであるが、大きな犠牲を埋め合わせても余りある大きな収穫を得たことによって、この真理を頭ではなく、身体に落とし込むことができたのである。
人生の本当の妙は、真理を知った時ではなく、真理を身体に落とし込めた瞬間(とき)にある。
過去・現在・未来という「時(とき)」は真理がその姿を現わす舞台(空間)の「時間」ではない。
『今、ここ』という「瞬間(とき)」が真理がその姿を現わす舞台(空間)の「時間」である。
榊原温泉での「時間」は過去・現在・未来という「時(とき)」だが、彼女らにとっては一瞬の出来事の感覚でしかなかった。
自然の偉大さを実感しながら、福山と京都に想いを馳せるのだった。
「そろそろ京都に帰りますか?」
綾子は寂しそうに恵美子に言った。
「ええ、そうします」
「女将はんへの言付けおありどすか?」
またもや、相対円回帰が起こった。
「そろそろ福山に帰りますか?」
綾は寂しそうに倫子に言った。
「ええ、そうします」
「宇都宮さまへの言付けありますか?」
軍造に会いに行っている綾であることを倫子は承知していた。
しかし、自分が木戸屋に逗留しているこの数ヶ月間、綾が榊原温泉から離れることがなかっただけに余計に恐縮する彼女は、軍造の話題を自分から切り出すことを決してしないでいたが、今回だけはそうはいかなかった。
「いえ、ありません」
「倫子さんをこちらで預かってきたことが、宇都宮さまへのメッセージになっていますから・・・」
「・・・・・・・・」