(その十六)映像の結論

榊原温泉でのこの数ヶ月間の生活は、倫子の人生にとって大きな収穫であった。
“大きな収穫を得るためには、大きな犠牲を強いられる”
彼女は大きな犠牲を敢えて受け入れたことは確かであるが、大きな犠牲を埋め合わせても余りある大きな収穫を得たことによって、この真理を頭ではなく、身体に落とし込むことができたのである。
人生の本当の妙は、真理を知った時ではなく、真理を身体に落とし込めた瞬間(とき)にある。
過去・現在・未来という「時(とき)」は真理がその姿を現わす舞台(空間)の「時間」ではない。
『今、ここ』という「瞬間(とき)」が真理がその姿を現わす舞台(空間)の「時間」である。
倫子の榊原温泉での数ヶ月間という「時間」は過去・現在・未来という「時(とき)」だが、彼女にとっては一瞬の出来事の感覚でしかなかった。
「そろそろ福山に帰りますか?」
綾は寂しそうに倫子に言った。
「ええ、そうします」
「宇都宮さまへの言付けありますか?」
軍造に会いに行っている綾であることを倫子は承知していた。
しかし、自分が木戸屋に逗留しているこの数ヶ月間、綾が榊原温泉から離れることがなかっただけに余計に恐縮する彼女は、軍造の話題を自分から切り出すことを決してしないでいたが、今回だけはそうはいかなかった。
「いえ、ありません」
「倫子さんをこちらで預かってきたことが、宇都宮さまへのメッセージになっていますから・・・」
「・・・・・・・・」
綾の意味深げな言葉に戸惑いを感じながらも、倫子は敢えて深追いすることはしなかった。