(その十六)ふたつの映像

福沢綾は、軍造の密命を受け、倫子を榊原温泉病院に連れていくために、わざわざ、京都までやって来たのである。
まさか、それから二十数年後に、彼女らの生んだ娘が同じ運命を辿ることなど、想いもよらなかったはずだが、倫子は運命的なものを感じずにはいられなかったのであり、福沢綾も同じ境地だった。
福澤綾が言うや否や、立ち上がって、支度をはじめた。
「さあ、倫子さん、行きましょう!」
突然の話に呆然としている倫子に優しい微笑を投げかけながら、福澤綾は、増子に合図を送った。
『一体何処に行くというんだろう!?』
倫子に大きな不安の雲がかかりはじめていた。
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榊原温泉病院の玄関に通じる道を横目にしながら、タクシーは温泉街へと入っていった。
木戸屋は榊原温泉の最奥部にひっそりと佇んでいる和風建築の旅館で、恵美子は以前一度泊まったことがある。
タクシーが木戸屋に近づいてくると、沈黙を保っていた運転手が漸く口を開いた。
「お客さんは、榊原温泉ははじめてですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
相手のことを常に思い遣る性格の恵美子だが、さすがに、応える気になれなかった。
デリカシーのない人間ほど性質の悪い者はいない。
品がないのだ。
品のある者は、女の場合は優美さを持ち、男の場合は鋭敏であって、「上品」と尊称される。
品のない者は、女の場合はきめが粗く、男の場合は鈍感であって、「下品」と侮蔑される。