(その十六)二代にわたる関係

福沢綾子が京都にはじめてやって来たのは、年の瀬も迫った師走の日曜日だった。
輪違屋の女将、増絵を訪ねて三重からやって来たのである。
「ごめんください!」
「へい!どちらさんどす?」
たまたま恵美子が玄関に出た。
「榊原温泉病院の福沢と申しますが・・・、女将さん、いらっしゃいますか?」
増絵は、御池通りの京都市役所に出かけていて留守にしていた。
「女将さんは、朝から出かけておいでやす・・・すんまへん」
「・・・すんまへん」
福沢綾子がはじめて輪違屋を訪れて以来、月に一度は必ず増絵に会いにやってきた。
綾子がやってくると、恵美子はよき話し相手になっていったが、女将の増絵と綾子の関係を詮索することは一切しなかった。
それが花街の掟であるからだ。
「恵美子さんは、何才の頃から、このお仕事をされているんですか?」
水商売の遍歴を質問するのは花街ではご法度なのだが、綾子はお構いなしに恵美子に問い掛けてきた。
綾子は恵美子より二周り上の未年だったから、すでに四十路を過ぎていたが、なぜか恵美子を友達のように思っていた節がある。
二十歳にもならない恵美子が、自分の身の上話を決して聞こうとしない大人の思いやりに好感を持ったのか、それとも、心の傷を共有している者同士が持つ独特の波動が共鳴したのか、解答はお互い晩年になるまで持ち越されることになる。