(その十六)三名泉

榊原温泉は「七栗(ななくり)の湯」と呼ばれ、伊勢の国にあって、清少納言の枕草子で詠まれている名泉だ。
『湯は、ななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯』
と謡われている「三名泉」のひとつで、非常に古い歴史を誇るいで湯である。
一帯は榊原断層と呼ばれる断層に当たり、その合間から非火山性のプレートからの地下水が湧出しており、古くから霊験あらたかな地として信仰の対象となっていた。
また、前述のように三名泉に数えられており、平安時代には既に湯治場として形が整っていた。
西暦927年には式内社の射山神社が建てられ、「神湯」とも呼ばれるようになった。
こういった背景から、江戸時代に入って伊勢参詣が盛んになると、七栗の湯は
参拝客の垢離場として機能し、伊勢の参拝客は神社の参拝前にこの七栗の湯で斎戒沐浴するのがしきたりとなり、湯治場は大いに賑わいを見せた。
地元では榊原温泉のことを「宮の湯」と呼び、神聖な湯であるという自負を抱いている。
その頃、射山神社は温泉大明神と呼ばれ、大いにもてはやされた。
七栗という地名は古くから存在した村落名であり、榊原温泉の由来となった榊原という地名は、継体天皇の頃に遡る。
第二十六代継体天皇の娘、荳角媛命(ササギヒメノミコト)が斎王となり、斎宮に入ることになった際に、近くに自生していた榊を温泉水に一晩中浸し、神宮に祭祀したという伝承に因んでいる。
榊原温泉は伊勢神宮と関わりが深く、そのため皇族を中心とする公家文化が繁栄した平安時代には、「ななくり」と指し、特別な湯として尊重された。
玉造温泉、有馬温泉とともに天皇家と関わりが深く、神の湯としてもてはやされ、他の共通点として医薬の神、温泉の神として知られる少彦名命が発見したと伝えられる伝承がある。