(その十五)花と蝶

多くの人間は一生わからず終いで人生を終わる。
真理とはシンプルなものだが、代々の親が我が子の真理を知る機会を壊してしまうからである。
そんな人間は、一生死を怖れて生きることになる。
藤堂頼賢にそのことを教えてもらったと恵美子は理解していた。
恵美子はある小説を思い出した。
その小説の名前は「変身」と言う。
人間が虫になる話だ。
チェコのユダヤ人、フランツ・カフカの代表作である。
彼は40歳でこの世を去ったが、彼にとっての40年間のこの世とは、チェコの首都プラハのユダヤ人居留地だけであった。
日課がプラハのユダヤ人居留地を散策することで、日課の散策の中で生まれた思索が虫になる話なのである。
人間の五感度は、潜在能力と正比例しているようだ。
人間の顕在能力は潜在能力の精々20%までだ。
自然社会で生きている他の動物の顕在能力は潜在能力の100%である、つまり、自然の生きものたちはみんな潜在能力をフルに発揮して生きている。
人間も潜在能力をフルに発揮する、つまり、100%の集中力を発揮すると、世の中の真理が実に明確にわかってくる。
自然の生きものたちはみんな悟っていて、悟っていないのは人間だけだ。
人生の究極の使命は悟りだなんて大袈裟なことを言う人間を見て、自然の生きものたちは苦笑しているに違いない。
況んや、そんなことも考えず、ただこの世的成功を追い求めている圧倒的多数の凡人など、万物の霊長どころか虫以下の生きものだとフランツ・カフカは集中した人生の中で思ったのだろう。
中国の老荘思想の荘子もフランツ・カフカと同じような経験をしたらしい。
蝶々になった夢を観た荘子は、夢の世界が現実で、目が覚めている世界が夢だとするなら、人間が蝶々になった夢を観たのではなくて、蝶々が人間になった夢を観ている可能性もあることを喝破した。
自分は人間なのか、将又、蝶々なのか。
変身とは、この可能性に気づくことなのである。