(その十五)めぐり逢い

鹿ヶ谷哲夫の青年の頃の話を聞いた藤堂頼賢は、その日以来、保護監察官としての
鹿ヶ谷哲夫の意図とは別に、自ら、鹿ヶ谷の邸に頻繁に顔を出すようになった。
異性にもまったく関心を示さなかった青年だったが、鹿ヶ谷哲夫の娘の澄江の心こもった世話のお陰で、異性に対する健全な姿勢をも持つようになった藤堂頼賢は、二十歳の成人式に三十三間堂の通し矢競技に出ることを、澄江から薦められたのである。
三十三間堂の通し矢といえば、源為朝の名が即座に出る。
千年を超える通し矢競技の中で、見事に標的まで届かせる射的をできたのは、源為朝だけだ。
澄江から源為朝の名前を聞いた藤堂頼賢の脳裏に少年の頃の記憶が蘇った。
服部崇の実家は、太秦を拠点にする秦一族の流れを汲む家柄だ。
秦一族は平家と深い関係にある。
藤堂家も秦一族との関係はあるが、血の大半は源氏の流れを汲む。
まさに、源平合戦の様相だ。
そんな中で、源氏に皹が入った。
その原因が八幡太郎義家と鎮西八郎為朝の関係にある。
八幡太郎義家は、源氏直系の優等生であり、武家の頭領の名を縦にした源頼朝へと辿るのに対して、鎮西八郎為朝は、源氏亜流の劣等生であり、木曽義仲から九郎判官義経へと辿る両者のルーツがこの二人だ。
隔世遺伝の所為か、父の藤堂高順は優等生の八幡太郎義家の血を受け継ぎ、息子の藤堂頼賢は劣等生の鎮西八郎為朝の血を受け継いだことを、少年の頃に祖父から聞いたことがあった。
複雑な心境の中で、藤堂頼賢は三十三間堂の成人式に向かった。
そして、恵美子とめぐり逢ったのである。