(その十五)女の変化

「さあ、はやく奥に入って!」
恵美子の様子の変化を察した澄江が機転を利かした。
鹿ヶ谷哲夫がいる居間に恵美子は久しぶりに立った。
「すんまへん、畑恵美子どすが・・・」
「どうぞ」
ドスの利いた声に彼女は一瞬後ずさりしたが、思い直して、恵美子は中腰になって右手で障子を開いた。
鹿ヶ谷哲夫は、着物姿の背中を見せて正座して、机に向かって筆を走らせていた。
「おじゃまします」
右足から障子の桟を跨ぐと、背中を回転させて恵美子に対峙した鹿ヶ谷哲夫の手には一枚の半紙が掲げられていた。
半紙には「倭建命」と書いてあった。
「読んでみなさい」
「ヤマトタケルノミコトです」
鹿ヶ谷哲夫は、座机の上に置いてあったもう一枚の半紙を手に取って、恵美子に差しだした。
「読んでみなさい」
もう一枚の半紙には、「日本武尊」と書いてあった。
「ヤマトタケルノミコトです」
「さすがに、『都をどり』の『日本誕生』の舞踊劇でヤマトタケルノミコトを演じるだけによく勉強しているね」
「やはり、読むより、書く方が10倍にも100倍にも身につくように、観劇するより出演する方が10倍にも100倍にも身につくようだ」
ほんの一ヶ月前には、まるで読めなかった難しい字を今では読めるように、恵美子はなっていた。