(その十五)女の業

「トラはんは、今日は大学に行ってはるわ・・・これからの進路を相談するためやて言ってはったけど・・・」
「服部はんはどうしはったんやろ?」
藤堂頼賢が大学に行っているということを聞いた恵美子は、あの日以来の服部崇の動向が急に気になった。
『服部はんは、自分の所為で脚を切断される羽目に落ちた・・・』
『藤堂はんは、その所為で伏見の実家を飛び出した・・・・・』
澄江の心に再び緊張の糸が走った。
彼女は躊躇する人間ではない。
女の辞書にはそもそも「躊躇」という言葉がない。
何故なら、女は動物的だからだ。
躊躇するには、心の中に時間のギャップが要る。
過ぎ去った過去を躊躇し、未だ来ぬ未来に躊躇する。
女という生きものは、過ぎ去った過去を躊躇したり、未だ来ぬ未来に躊躇するような男のような代物ではない。
『今、ここ』がすべてなのである。
目の前に現れているものしか当てにしない。
「服部崇はんのことやったら、自殺しはったわ・・・」
恵美子は、服部崇自殺の衝撃よりも、兄の聡のことが気になった。
赤の他人の死と身内や知人の死とどれだけ違うのか、同じ死に変わりはないのに、自分との関わりによって、死の衝撃度がまるで違う。
死の問題ではないということだ。
自己との関わりの問題ということだ。
恵美子は嘗ては躊躇する女だったから男に振り回されていたが、澄江との邂逅が、彼女の体質を根本的に変えてしまったらしい。
『なんで、聡兄さんのことが気になるんやろ?』
一瞬の躊躇いであったが、彼女は何かに隙を与えてしまった。
女の業が肉体の隅々まで染みている証拠だ。